
1. 今、火がないんです
「あ、クソッ。」
ユンギが反射的に吐いた罵り言葉に、スンアは思わず顔を向けた。
こんなに堂々と、しかもキレ良く悪口を言う人がいるんだ…
そんな驚きとともに。
しかもここ、静かで人も少ない。
だから余計に印象が強かった。
なに…?
普段からタバコや酒、悪口なんてものから距離を置いてきたスンア。
思わず小さく不満をこぼしてしまった。
聞こえたかな…
気にしないでおこう、大したことじゃない。
そう言い聞かせて歩き出そうとしたその時、
スンアはビクッとした。

「すみません。」
うわ、ビックリした…!
いつの間にここまで!?
てか、私…今、心の中で悪態ついた!?
スンアは再び驚いた。
心の中でも悪口を言うなんて、自分には珍しいことだった。
なんだか罪悪感が湧いてきて、思わず眉をひそめる。
ユンギはそんなスンアを不思議そうに見つめた。
スンアはハッとして、彼をしっかり見返した。
「あ、すみません。ちょっと考え事してて…何かご用ですか?」
「火、持ってますか?」
「…えっ?」
「ライターです。あります?」
スンアの頭が一瞬真っ白になった。
え、なにこの人…
初対面でライター持ってるかって聞く?
私、タバコ吸いそうに見える?
偏見はいけないと思いつつも、
いやでも私、そんなふうには見えないでしょ!?
と心の中で大騒ぎしていると、
ユンギは静かに待っていたが、やがて少しだけ眉をひそめて言った。

「すみません。話しかけないほうがよかったですね。」
「え?ち、違います…!話しかけてくれて全然…」
「さっき悪口言ってたから、俺のこと嫌いなのかなって思って。」
「…聞こえてたんですか?」
「聞こえてました。知ってて聞いたんです。今、火がないんで。」
なにそれ…
スンアの頭の中はカオス。
ユンギは、今までスンアが出会った中で一番、型にはまらず自由奔放で、
どこか「イカつい」男だった。
無表情で無関心そうなくせに、全部聞いてたなんて。
しかも、自分のこと嫌いなんだろうなって思ってたとか…
否定しようか、でも認めるのも違うし…
スンアはちょっとだけムカついて、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「ライター、持ってません。タバコ吸わないので。」
「俺も吸いません、タバコ。」
