晴れ少年

エピソード2

03.
いつの間にか、俺はスーパースターになっていた。
アイドルでもないのに。
本当に雨を止められると証明してからは、どこへ行っても注目の的だった。

「前から好きでした」といきなり手紙を渡してくる女子。
「実はずっと気になってた」と言ってくる男子。
「本当に雨、止められるのか?」と聞いてくる、たいして親しくもない先生たち。

「あ、はい…本当ですよ。」
最初はうれしくて答えていたけれど、だんだんそんな日々にも疲れてきた。
ろくに眠ることもできなかった。

ヒーローたちも、最初はこんな風に注目を浴びていたのだろうか。
まあ、彼らはもっとすごいしな。
念力や怪力と、俺の力を比べるのもおかしい。
俺なんて、ただ雨を止めるだけ。
そんな思いがだんだん強くなっていった。

――意外と、たいしたことないじゃん、これ。
周りが騒げば騒ぐほど、逆に自分が大した存在じゃないような気がしてきた。
皮肉なものだった。

「なあ、俺ってただ雨を止めるだけなんだよ。
雨を操ったりはできない。
本当に、止めるだけ。」

言葉にならない声が心の中で渦巻いた。
……もういいや。
こんなこと言ったって、意味ない。

みんな勝手に盛り上がって、俺の話をしている。
それが称賛なのか、陰口なのかも分からない。
同時に、俺に絡んでくる奴も増えた。

「すごいね」と興味を持ってくれる奴もいれば、
「なんかキモい」と言って小突いてくる奴もいた。

特に、あの日俺に絡んできた男子。
何かと因縁をつけてきた。

「おっ、すごい能力者様じゃん。
なあ、他にはないの?それだけ?
マジでそれだけ? しょぼくね?」

最初はカッとなったけど、今ではそんな挑発にも慣れて、
軽く中指を立てて返すくらいになった。

「おう、クソでも食っとけ。
お前、それすらできねーんだろ?」

そう言ってヘラヘラ笑えば、今度はそいつがキレてきた。
笑える。勝てるわけないのに、なんでわざわざ喧嘩売るのか。

……それが、俺の失敗だった。
その絡みを、甘く見ていたこと。

最初は一人だったその男は、だんだん仲間を連れてくるようになった。
しょうもな。無視して寝てたら、肩を引っ張って倒してきた。

「なあ、昨日みたいに言ってみろよ、笑いながらよ。」

寝起きに倒されて、気分が一気に悪くなった。

「……尾てい骨痛ぇ……」

目をこすりながら、めんどくさそうに言った。

「どっか行けよ、マジで。
お前いなくても十分疲れてんだから。」

のそのそ起き上がって、再び伏せた――
そのとき、後頭部に重たい衝撃が走った。

「……あ?」

拳だった。
殴られた。

その瞬間、眠気が一気に吹き飛んだ。
今、あいつ、俺を殴ったか?

思考が一瞬止まり、すぐに加速した。

どうやって、こいつを潰そうか。

久々に血が逆流するような感覚。
ずっと我慢してたけど、これはちょうどいい。

ここで終わらせてやる。

考えがまとまった瞬間、拳を振るった。
小柄な体にしては、俺のパンチはかなり効いた。

顎を押さえながら倒れた男子は、うめき声を上げた。
すると後ろにいた仲間たちが一斉に襲いかかってきた。

殴られるたびに殴り返した。
――卑怯な奴ら。数で来るとか。

そう思いながらも、拳を止めなかった。
怒りがどんどん湧き上がってきた。

そして――
俺の気が一瞬にして切れたとき、空から雷が鳴り響いた。

全然、雨の予報なんてなかったのに。

まさに「青天の霹靂(へきれき)」だった。

でも俺は気づかなかった。
頭の中は、こいつらをぶっ潰すことでいっぱいだった。

雷が鳴る空から、突然、猛烈な雨が降り始めた。
教室の皆が慌てて窓を閉めようとしたが、
そのレベルでは防げない――まさに嵐だった。

窓はガタガタと震え、ついに割れた。
鋭いガラスの破片が床に飛び散った。

つまり、
俺の背後にはとんでもない嵐が吹き荒れていたってことだ。
それも、俺の「理性」が吹き飛んだ瞬間から。

襲いかかってきた奴らも、異常な天気に思わず怯んでいた。

「な、なんだよアレ……?」

俺は完全に目が据わってて、
天気がどうなってるかなんて気づきもしなかった。

……まあ、どうせ俺のせいだし、別に驚きもしない。

みんなが動揺している隙に、もう一発拳を叩き込んだ。

それが、俺の最後の喧嘩だった。

負けなかった。
間違いなく、勝った。

でも、俺を見るみんなの目には「恐怖」しかなかった。

俺が戦っている間、
雨は激しく降り続けていた。

どれだけ降ったのかと聞かれれば――
「下手したら洪水になってたレベル」と答えるだろう。

雷もすごかった。
後から、「空が壊れるかと思った」と言われたくらいに。

俺が戦いを終えると、
嘘のように空は晴れた。

息を整えながら周囲を見渡すと、
みんな真っ青な顔で俺を見ていた。

なんだよ、その目……

今さら喧嘩なんて珍しくもないだろ?
眉をひそめて言った。

「なに?」
「……」
「喧嘩してるの、初めて見たのかよ?」

俺がそう言った瞬間、俺を見ていた視線が一斉に逸れた。
誰一人、俺に話しかけようとしなかった。

あれだけうるさくまとわりついていた注目は、
跡形もなく消えていた。

背筋がゾッとした。
本能でわかった。

ああ、やっちまったな。

喧嘩をしたからじゃない。
そうじゃないって、すぐに気づいた。

そっと目線を上げて、空を見た。
割れた窓ガラス。
その隙間から吹き込んだ雨の跡。

空は、まるで何事もなかったかのように陽を照らしていた。

雨……降ってたんだ。

いつもは鈍い俺の頭が、今だけは鋭く回転していた。

04.
三流ドラマのような展開が、俺の人生に訪れた。
ヒーローは一瞬で悪者へと変わった。
「すごいね」と持ち上げていた手は、いつの間にか俺の首を締める手に変わっていた。

「あいつ、化け物なんだって」
「この前、怒ったら雨を降らせたらしいよ」
「危うくみんな死ぬところだったんだよ」
「もう洪水寸前だったって」
「マジで怪物だわ」

俺自身でさえ、信じられなかった。
最初からそんな力があると知っていたら、もっと静かにしていただろう。
まさか感情で雨を降らせるなんて、誰が予想できただろうか。

違うと叫びたかった。
本当に知らなかったって説明したかった。

でも、できなかった。
俺が口を開こうとすると、みんな俺を避けた。
話を聞こうとはしてくれなかった。

あんなに興味津々だったくせに、今さら「怪物」扱いだ。
今さら、だよ。

虚しさで目が熱くなった。

そのすぐ後に、親が学校に呼び出された。
俺の能力は、全て暴かれた。

「うちの、ボムギュが…そんなはずは…」

両親は信じられないという目で俺を見た。
まるで化け物を見るような目だった。

母さん、父さん。俺、たいしたことないんだ。
ちょっとだけ…ちょっとだけ特別なだけ。

担任との面談が終わった後、俺は両親にすがりついた。

「こんな力、あるなんて本当に知らなかったんだ。信じて…」

でも、両親は何も言わず、俺の手を振り払った。
目を合わせることもできなかった。
見なくてもわかる。どんな目をしていたか。

学校からは停学処分を食らった。
理由は「暴力をふるったから」。

いくらなんでもバカじゃない。
本当の理由くらい分かってる。

怖かったんだ。
どんな力を持っているか分からない奴を、学校に置いておくのが。

なんで俺だけが責められなきゃいけないんだよ。

そう問いただしたかったけど、両親がそれを止めた。
言葉は交わさなくても、「黙っていてくれ」という声が聞こえる気がした。

そのうち、記者たちが家まで押しかけてきた。
マンションは騒がしくなった。
研究者と名乗る人も時々やってきた。

両親は「人違いです」と言って、全員追い返した。

俺は部屋に引きこもった。
一言も発することができなかった。
何か言おうとすれば、両親は目を背けた。
まるで、俺を直視できないかのように。

俺、本当に化け物なんかじゃないのに…

ふと、涙がこぼれた。
世界が全て敵になったような気がした。

その時、俺はまだ中学生だった。
「化け物」と指さされるには、あまりにも幼かった。

停学になった学校に戻ることはなかった。
両親は俺を転校させると言った。

その言葉を聞いたときには、すでに荷物は全てまとめられていた。
俺は出発の準備をするだけだった。

この町から遠く離れた、別の場所へ――ひとりで。

「叔父さんが時々様子を見に行くから。生活費も送るよ」
「……」
「いい学校だから、頑張って通いなさい」
「……」
「でも、絶対に――絶対に、その力のことは誰にも言っちゃだめよ」
「……」
「いい?ボムギュ?」

目立たず、誰にも知られず、
まるでネズミのように静かに生きろってことだ。

誰にも迷惑をかけないように。

その言葉を聞いて、思わず鼻で笑ってしまった。

迷惑…?誰に?

誰かを傷つけた?
誰かが死んだ?

驚いて転んだ人はいたかもしれないけど、
実際に被害を受けた人なんていなかったはずだ。

どう見たって、この中で一番「被害」を受けたのは、俺だろうが。

歯をぎゅっと食いしばった。

「ふざけんなよ」
「…え?」
「ふざけてんだよ、全員」

母と父の目が丸くなった。
その顔がなんだか可笑しかった。

「ちょっと、あんた言葉遣いが――」
「迷惑?何が迷惑だよ」
「……」
「俺が気持ち悪いなら、気持ち悪いってはっきり言えよ」
「…ボムギュ」
「みんなそう言ってたぜ?俺のこと、化け物って」
「……」
「結局、両親もそう思ってたんだろ」

……そうか。
じゃあ言われた通り、黙って大人しく暮らすよ。
誰にも知られないように。
両親が俺の親だってことすら、隠して生きるよ。
それが望みなんだろ?

面倒ごとに巻き込まれたくないからさ。

慌てて俺の手を握る両親。

「ボムギュ、違うんだ、それは――」

でも、その手を冷たく振り払った。
この状況すべてが、吐き気がするほど嫌だった。

「人目が怖かったなら……」
「……」
「いっそ、はっきり捨ててくれればよかったのに」
「……」
「こんな中途半端な態度の方が、よっぽどムカつくんだよ」

みんな大げさすぎる。
俺は、ただ――雨を少し止めただけなのに。

いつの間にか、涙がこぼれていた。
悔しくて、腕でごしごしと拭った。

既にまとめられた荷物を持って、家を出た。

もう戻るつもりはなかった。

母さんも父さんも、俺を捨てた。
俺は、捨てられたのだ。

「……クソが。」

思わず口から悪態が漏れた。
それに合わせるように、空から雨が降り始めた。

……ほんと、タイミング良すぎだろ。
俺の気分が悪いの、どうして分かったんだよ。

でも、前のような嵐じゃなかった。

静かに、しとしとと――
空が、俺の代わりに泣いてくれていた。