俺たちは一線を越えないことにした(シーズン1)

第6話。バケットリスト

それまでのいい雰囲気。


ところが、彼からコーヒーを受け取って席に座った瞬間、

なぜか彼は冷たく見えた。



私の気のせいだったのかもしれないけど、

急に冷え込んだ温度差に、妙に戸惑った。




今日は彼は、聞かれたことにだけ短く答えた。

先に質問を投げかけることもなかった。



『私が何か失敗でもしたのかな?』



「前回の台本で練習しておくよう言っていた文

 やってみましたか?」




「はい。」




「今、聞いてもいいですか?」




「はい。」



答えながらも、彼は目を合わせなかった。



ところが予想に反して、

彼は発音練習だけでなくセリフまで

全部覚えてきていた。




「わあ〜、発音が前回よりずっと自然になりましたね。

 特にアクセントやイントネーション、

 私が説明した通りにうまく生かされているので、...」




「ありがとうございます。」



前回は褒め言葉ひとつで子どもみたいに笑っていたのに、

今日は短い返事ばかりだった。




理由はわからなかったけれど、

なんだか重くなった彼の気分をほぐしてあげたかった。




「セリフまで全部覚えてきたなら..

 私が相手役のセリフをやりましょうか?

そうしたらもっと自然になると思うんですけど。」




「いいえ。そこまでしていただく必要はありません。

 発音練習なんです。演技の練習じゃないですから...」




「それはそうですけど...」




あまりにも冷淡な反応だった。

気まずくなった私は、今にも涙が出そうで

うつむいた。



そのときだった。



「ところで... もしかして今日の授業が終わった後、時間ありますか?」



意外な質問に顔を上げた。



実は今日は授業が終わったあと、翻訳作業をしなければならなかった。

だから家を出るときからノートパソコンや資料まで

荷物が山ほどあった。




「..はい。大丈夫です。どうしたんですか?」


「代表が次の作品と雰囲気が似ている映画を

おすすめしてくださったんですが...

参考までに見ておけ、と。」



少し言葉を選んだ彼が付け加えた。



「一緒に見ていただけないかと思いまして。」



「私がですか?」



予想外の提案に聞き返すと

彼は短くうなずいた。




「時間があるなら... お願いしたくて。」



「お手伝いできることならしますよ。」



そのとき初めて、彼の表情がほんの少し和らいだ。




「では、私が準備するまで少し待っていてください。

車にプロジェクターを置いてきたので、取ってきます。

今日の授業が終わったら、ここで見ようと思って持ってきたんです。」



「はい、そうしてください。

 私も一緒に降りましょうか? 持って上がるものが多いなら..」



「いいえ。多くありません。」



少しためらっていた彼が付け加えた。



「すぐ戻ってきます。」



ドアを出る足取りはさっきとは違って

どこか軽そうに見えた。

ついさっきまで冷え切っていた人とは思えないほどだった。


彼の後ろ姿は、まるで浮き立った子どものように見えた。



彼が降りている間、私は持ってきた荷物を片づけた。

『今日はやることが多かったのに...

 そうだ、まあ... 夜遅くまでやればいい。

 これも授業の延長だと思おう。』



ほどなくして彼が戻ってきて、

手慣れた様子でプロジェクターとスピーカーを

一つずつセットし始めた。



プロジェクターのコードをつなぎながら、彼はさりげないふりで尋ねた。



「代表と... もともと知り合いなんですか?」




「え?」




「いえ、代表がコーヒーの商品券を送ってくださったって聞いたので..」



何気ない質問のようだったけれど、

妙に声が少し硬かった。



「私も学校の先輩を通じて紹介してもらったので...

 代表にお会いするのは初めてです。」




「...あ」


短く返した彼の声は

さっきより少し和らいだようだった。



「では映画をつけますね。」




そして、ついに映画が始まった。

あえて聞きはしなかったけれど、

なんとなく彼が担うことになる役と

似たキャラクターのような俳優を探した。



私は映画が流れている間、

発音の難しい文や

連音の多いセリフが出てくると

すぐにメモ帳に書き留めた。



「あそこ、どこかわかりますか?」



「いいえ。正確にはわかりませんが...

 スペイン語を話しているので、スペインみたいでもありますね。」



「スペインに行ったことはありますか?」



「うーん..バックパック旅行のときです。

 ガウディの建築を見に行きました。」



「そのときの感じはどうでしたか?」

しばらく画面を見つめていた私は、ゆっくり口を開いた。



「スペインは...

明るくて、軽やかなフラメンコ音楽みたいな場所です。

私には。」



私は映画の中の小さな町を見つめた。



「あの町..本当にきれいですね。」

ああいう場所で何年か暮らしてみるのもいいかもしれません。





「誰も知らない場所だと寂しくないですか?」



私は少し考えてから言った。



「私を知っている人がたくさんいるからって

寂しくないわけじゃないでしょう。

寂しさは、周りに人が多いか少ないかより..

結局は、自分が感じるものだから。」


私は続けた。



 「私は誰も知らない場所に行って

 暮らしてみたいというロマンが あります。

 そこでただひたすら自分に集中して、

 新しい人とも出会いながら...

 バケットリストみたいなものですかね。」



彼はしばらく黙っていた。

いつもみたいに笑って流すと思っていたのに、

思ったより長く画面だけを見つめていた。




「...そんなこと...考えたことないです。」



「私は子どもの頃から芸能界で生活してきたので

 一人でそんなふうにどこかへ旅行した記憶がないんです。

 だからどんな感じなのか気になって、不思議なんです。」




「一度やってみればいいじゃないですか。難しいことでもないし...」




「私には難しいことです。

 いつもスケジュールも多くて、

一人でどこかへ行ったことがないから慣れなくて...」




「あ... そうかもしれませんね。

 でも、これからやってみればいいんですよ。

今までできなかったことなら

これからできるんですから。」




彼は私の言葉を聞いて、しばらく何も言わなかった。

彼が考え終えるまで、静かに待った。

それから何分経っただろう。



彼がふいに薄く笑って私を見た。



「私... 今までできなかったこと。」



少し間を置いた彼が、弾むように言った。



「でも、今ならやってみられることを思いついたんです。」



「何ですか?」



「漢江公園でチキンを食べることです。」



「え?」



思わず笑いがこみ上げた。



「ぷっ...」



「何ですか?」

「バカにしてるんですか?」



「いいえ..バカにしてるんじゃなくて...」



笑いをこらえながら言った。



「あまりにも予想外だったので。」



少し考えて、私も笑った。



「でも考えてみたら...

 私もそれはやったことないですね。」



「じゃあ今日、やってみますか?」



あまりにも自然な口調で

一瞬、聞き間違えたのかと思った。



「一人じゃ大変だから、先生も一緒にやってください。」

彼はいたずらっぽい表情で付け加えた。



「先生の話がきっかけになったんだから

これは一緒にやってもらわないと。」



「いや、まあ.. 今日すぐやれって意味じゃなかったんですけど...」



一瞬でむっとする彼の顔...



「わかりました。はは。」



すると彼は、本当に今すぐ出かける人のように

ぱっと立ち上がった。



「本当ですか?

じゃあ今すぐ行くんです!!

先生も早く準備してください。」



私たちは見ていた映画を止めて、

慌てて荷物をまとめて漢江公園へ向かった。



そのおかげで私はその夜、

溜まっていた仕事を明け方までやる羽目になった。

日が昇るのを見てから

やっとベッドに横になれた。



でも不思議なことに、

疲れているのに眠気がなかなか来なかった。

眠るまで、何度も笑ってしまった。



誰かに見つからないかと、車の中で

こっそりチキンを食べる私たち二人の姿。

まるで授業をサボって、

こっそり学校を抜け出して遊んでいる子どもたちみたいだった。

ソースで汚れた手であたふたしていた、

なのにとても幸せそうだった

彼の顔が何度も浮かんだ。




今日あんなに冷たかった人と同じなのか。

でも... なんでああだったんだろう。




「今後、授業関連のことは

私の番号に連絡してください。先生。」 <第7話より> 







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