朝、目を覚ますと、
カーテンの隙間から明るい光が差し込んでいた。
台湾に来てから、
毎日があっという間だった。
今日で最後。
そう思うと、
少しだけ寂しくなる。
それでも、
昨日の夜に交わした言葉を思い出す。
――明日も会える。
そのことが、
少しだけ嬉しかった。
身支度を整え、
スーツケースを閉じる。
そのとき、スマホが震えた。
《着いたよ》
奕翔からだった。
時計を見ると、
約束の時間より少し早い。
慌てて部屋を出て、
ロビーへ向かった。
ホテルの入り口に、
奕翔が立っている。
「おはよう。」

「おはよう。早いね。」
「そっちも。」
いつものように笑って、
奕翔が私のスーツケースを持つ。
ホテルを出ると、
朝の台北の街が広がっていた。
バイクの音。
店を開ける人。
朝の空気。
昨日まで歩いていた街なのに、
今日は少しだけ違って見える。
「空港、まだ時間あるんだよね?」
「うん。」
「じゃあ、少し歩こう。」

そう言って、
奕翔が歩き出した。
観光地から少し離れた、
静かな通り。
古い建物の隣に、
新しいお店が並んでいる。
歩きながら、奕翔は時々足を止めて、
気になったものを写真に撮っていた。
「写真、好きなんだね。」
「うん。」
「仕事でも撮るの?」
「撮るよ。」
「そういえば、何の仕事してるの?」
そう聞くと、
奕翔が少しだけこちらを見る。
「言ってなかったっけ?」
「聞いてない。」
「ファッションブランド。」
意外だった。
「そうなの?」
「うん。MOONWOLFっていうブランド。」
「へえ……。」
スマートフォンで検索しようとすると、
「今、見なくていいよ。」
「なんで?」
「あとで。」
そう言って笑う。
「俺はブランドのビジュアルとか
デザインをやってる。」
「だからおしゃれなんだ。」
思わず口にすると、
奕翔が少しだけ笑った。
「そういうことにしとく。」

「あ、照れた?」
「さあ。」
またカメラを構える。
その横顔を見ていると、
昨日までとは少し違って見えた。
ファッション。
写真。
デザイン。
絵を描くことも好きだと言っていた。
今まで聞いてきた話が、
少しずつ繋がっていく。
ふと、
奕翔が立ち止まった。
「ここ、好きなんだ。」
目の前には、
古い建物を改装した小さな店があった。
「仕事で?」
「うん。こういう雰囲気、参考になるから。」
そう言って、
奕翔が建物を見上げる。
私はその横顔を見ながら、
この人はきっと、
こうやって街を見ているんだと思った。
服を見て。
建物を見て。
光を見て。
写真を撮って。
きっと、
私が気づかないものまで。
「そろそろ行こうか。」
「うん。」
歩き出す。
帰国の時間が近づいている。
タクシーを待つ間、
ふと手首を見る。
小さなブレスレット。
隣を見る。
奕翔の手首にも、
同じものがある。
「……これ。」
「ん?」
「なくさないでね。」
奕翔が自分の手首を見る。
「大丈夫。」
「本当に?」
「絶対なくさない。」

それだけ言って、
奕翔は笑った。
やがて、
タクシーが到着する。
荷物を積み込む。
いよいよ、
本当に帰る時間だった。
車に乗り込むと、
窓の外に台北の街が流れていく。
昨日まで歩いていた道。
一緒に見た景色。
何気なく撮った写真。
全部が、
少しずつ遠ざかっていく。
「……また来るね。」
そう言うと、
隣から声がした。

「うん。」
短い返事。
でも、
それだけで十分だった。
私は窓の外を眺めながら、
そっと手首に触れた。
月と狼。
台湾で過ごした時間と一緒に、
この小さなブレスレットも、
日本へ連れて帰る。
そして。
いつかまた、
ここへ戻ってくる日が来る気がした。
