
数日後。
サッカー部には一つの重要な知らせが届いた。
「来週、地域予選の試合がある。」
コーチの言葉が終わると、グラウンドの空気は一気に変わった。
この試合に勝てば、本戦進出が可能だった。
普段より練習の強度が上がり、選手たちも練習から真剣に取り組んだ。
リウは選手たちを集めてフォーメーションを説明した。
「今回の試合では、守備ラインを少し上げる。相手チームは後方で長くボールを回すスタイルだから、序盤からプレスをかけて流れをつかむことが大事だ。」
選手たちはうなずいた。
リウはイハンを見た。
「そしてイハン。」
「はい。」
「お前は最前線だ。ただし無理して一人で突っ込まず、俺が下がったらそのたびにスペースを作ってくれ。」
「わかりました。」
「本当にわかってる?」
「はい。」
「前みたいに、ボールを持ったからってすぐ三人の間に突っ込もうとするな。」
イハンは少し笑った。
「あのときは入れたからです。」
「入れるのと、入るべきなのは違う。」
「でも、ゴールを決めるには結局誰かが入らないといけないじゃないですか。」
「そうだ。」
リウの表情が少し真剣になった。
「でもサッカーは、お前がゴールを決めることより、俺たちが勝つことのほうが大事だ。」
イハンはしばらくリウを見た。
「……わかりました。」
試合前の最後の練習試合。
最初から空気は荒かった。
イハンは普段より攻撃的に動いた。
ボールを持つとすぐに仕掛け、相手DFが二人ついても突破を続けた。
問題は、それがチームの戦術とずっと噛み合っていなかったことだった。
「イハン! パス!」
リウが叫んだ。
しかしイハンはそのままシュートした。
ボールはゴールをわずかに外れた。
リウが駆け寄ってきた。
「今、パスできたよな。」
「ゴールが見えました。」
「だから、絶対にシュートしなきゃいけなかったのか?」
「決められると思ったので。」
「そういうやり方はダメだ。」
イハンの表情が固まった。
「どうしてですか?」
「さっき俺が何て言った。ひとりで解決するなって言っただろ。」
「結果的にゴールは入っていないけど、僕が入れる状況ではありました。」
「それを判断するのはお前一人じゃない。」
「じゃあ、誰が判断するんですか?」
リウは一瞬言葉を切った。
イハンは続けた。
「先輩がキャプテンだからですか? それとも僕が後輩だからですか?」
周りの選手たちが静かになった。
リウの表情も固まった。
「今のはどういう意味だ?」
「僕は僕にできるプレーをしただけです。」
「チームのことを考えろって言っただろ。」
「僕だってチームのことを考えています。」
「じゃあ、なんでお前の好き勝手にやるんだ?」
「好き勝手にしたわけじゃ——」
「イハン。」
リウが遮った。
「お前がどれだけ上手くても、一人じゃ何もできない。」
その瞬間、イハンの表情が凍った。
リウは腹を立てるあまり、自分が何を言っているのかもろくに考えられていなかった。
「お前の実力が高いのは俺も認める。だけど今みたいに自分の判断だけを信じて動いたら、チームの役に立つどころか、かえって邪魔になることもある。」
「……。」
「だから、もう少しだけチームのことを考えてほしい。」
イハンは何も言わなかった。
しばらくして、ようやく口を開いた。
「はい。」
短い返事だった。
「わかりました。」
そしてそのまま背を向けた。
リウはそこで初めて、自分が言いすぎたのだと気づいた。
「イハン、待って。」
だがイハンは止まらなかった。
練習が終わった後。
イハンはいつもより早くグラウンドを後にした。
リウはしばらく迷った末、結局後を追った。
「イハン。」
返事はなかった。
「おい、ちょっと待て。」
イハンが足を止めた。
だが振り返りはしなかった。
「何ですか?」
「さっきは俺が少し言いすぎた。」
「大丈夫です。」
「大丈夫そうには見えないけど。」
「本当に大丈夫です。」
「そんな顔で大丈夫だと言っても、誰が信じるんだ。」
イハンがゆっくり振り返った。
「先輩の言う通りです。」
「は?」
「僕は自分のプレーのことばかり考えすぎました。だから先輩が怒るのも当然でした。」
「そういう意味で言ったんじゃない。」
「大丈夫です。」
イハンは笑った。
その笑みは妙に冷たかった。
「先輩が僕にそんなことを言っても、僕は大丈夫です。」
「……。」
「先輩だからです。」
リウは一瞬言葉を失った。
イハンがもう一度言った。
「でも、ひとつだけ少し残念です。」
「何がだ?」
「先輩が他の人にはそんなふうに言わないのに、僕にだけ妙に厳しいみたいで。」
リウの目が揺れた。
「それは……。」
「僕がエースだからですか?」
「それもあるけど。」
「じゃあ、いいです。」
イハンはバッグを持ち上げた。
「明日からは先輩の望む通りにします。」
「イハン。」
「はい。」
「今、拗ねてるのか?」
「いいえ。」
「でも、なんでそんな言い方するんだ?」
イハンはしばらくリウを見た。
「先輩が僕にがっかりしたと思ったので。」
リウの表情が固まった。
「俺がいつがっかりしたって言った?」
「さっき、そう言ったじゃないですか。」
「俺は、お前ならもっとできるから言ってるんだ。」
「その言い方のほうが嫌です。」
「どうして?」
イハンはしばらく考えてから、静かに言った。
「先輩に認められたくて入ってきたのに、僕は先輩にとってずっと足りない人みたいに感じるので。」
リウは何も言えなかった。
イハンはうつむいた。
「今日は先に帰ります。」
そう言ってイハンは背を向けた。
リウは引き止められなかった。
翌日。
イハンは本当に変わっていた。
パスを求められればパスした。
リウが動けば、それに合わせて動いた。
自分にいいチャンスが来ても、味方にボールを渡した。
完璧だった。
完璧すぎて、かえって不自然だった。
「イハン。」
リウが呼んだ。
「はい。」
「お前、なんでこんなふうなんだ?」
「何がですか?」
「昨日まではお前の好きにしてたのに、今日は俺が言うことだけそのままやるじゃないか。」
「先輩の望む通りにしろって言いましたよね。」
リウの表情が固まった。
「そういう意味じゃなかった。」
「僕はそう受け取りました。」
「……。」
「僕が自分で判断すると、先輩は嫌なんでしょう?」
「イハン。」
「はい。」
「俺にそんなふうに言うな。」
イハンが初めて、真っすぐリウを見た。
「どうしてですか?」
「俺がいつ、お前に俺の言うことだけ聞いてほしいなんて言った?」
「じゃあ、何を望んでるんですか?」
リウは答えられなかった。
しばらくして、イハンが静かに言った。
「僕は、先輩が何を望んでいるのかわかりません。」
その言葉に、リウの胸は妙に苦しくなった。
「お前には、上手くなってほしい。」
「サッカーが上手くなるってことですか?」
「……ああ。」
「じゃあ、そうします。」
イハンはまた体を向けた。
リウはその後ろ姿を見つめた。
昨日までなら、自分を見て笑っていた後輩だった。
なのに今は、目を合わせることさえ避けていた。
それが思った以上に気にかかった。
練習が終わった後。
雨が降り始めた。
選手たちは一人、また一人とグラウンドを離れたが、イハンは残っていた。
一人でゴール前に立ち、シュート練習を繰り返していた。
ドン。
ボールがゴールに当たって跳ね返ってきた。
もう一度。
ドン。
もう一度。
ドン。
「イハン。」
後ろから聞こえた声に、イハンが止まった。
リウだった。
「雨なのに、何してる?」
「練習です。」
「それは見ればわかる。」
リウが傘を閉じながら近づいてきた。
「俺が昨日言ったことのせいで、こんなことしてるのか?」
イハンは答えなかった。
「なら、やめろ。」
「嫌です。」
「どうして?」
「僕はまだ足りないからです。」
「そんなこと言うな。」
「先輩がそう言ったじゃないですか。」
リウは結局、イハンの前に立った。
そして低い声で言った。
「俺が、お前にがっかりしたんじゃない。お前が怪我をしそうで腹が立ったんだ。」
イハンが目を上げた。
「僕が?」
「ああ。」
「どうしてですか?」
リウは少し言葉を選んでから、ため息をついた。
「お前が無理してDFの間に飛び込むたび、もし怪我でもしたらどうしようって気になってた。だから俺も、無意識に先に怒ってたんだ。」
イハンは何も言わなかった。
リウが静かに付け足した。
「だから、お前が足りないから叱ったんだと思わないでくれ。」
「じゃあ……。」
イハンが小さく尋ねた。
「僕が怪我しないか心配だったってことですか?」
「ああ。」
「どうしてですか?」
今度はリウが答えられなかった。
雨音だけが二人の間を満たした。
しばらくして、リウが視線をそらしながら言った。
「お前は、うちのチームのエースだからな。」
イハンは小さく笑った。
「またサッカーのせいですね。」
「……。」
「先輩はいつも、サッカーのせいだって言うんですね。」
イハンはボールを拾い上げた。
「僕はそれが少し寂しいです。」
リウはイハンを見た。
「何がだ?」
イハンは答えなかった。
その代わり、雨の中でリウの傘の中へ一歩入った。
「今日は一緒に帰りましょう。」
「……ああ。」
一本の傘の下。
二人の肩が近づいた。
リウは何も言えなかった。
そしてイハンも、何も言わなかった。
でも、二人ともわかっていた。
昨日とは何かが違っていることを。
まだそれが何なのかはわからなかった。
ただ、一つだけは確かだった。
イハンにとってリウはもはやただのキャプテンではなく、リウにとってイハンもまた、もはやただのエースではなかった。
