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翌朝。
サッカー部の練習はいつもと変わらず始まった。
しかし、イハンは昨日とは違っていた。
リウがボールを渡せば自然に受け取り、リウが動けば一拍早くそこへパスを送った。
二人の呼吸は異様なほどぴったりだった。
「いいね。もう一回。」
リウがボールを前に押し出した。
イハンが走ってボールを受けた。
ディフェンダーを一人かわして内側へ切れ込むと、リウが反対側から走ってきた。
イハンは迷わずパスした。
リウがそのままシュートした。
ゴール。
「このくらいなら、もう言わなくてもわかるんじゃない?」
リウが笑って言った。
イハンも息を整えながら笑った。
「先輩がどこへ行くか、だいたい見えてきました。」
「そう言われると、なんだか嬉しいな。」
「どうしてですか?」
「俺と呼吸が合ってるってことだろ。」
イハンはしばらくリウを見つめた。
「私はもともと先輩と相性がよかったです。」
「いつから?」
「最初から。」
「最初から?」
「はい。」
リウがふっと笑った。
「あのときは、俺にまともに話しかけてもこなかったくせに。」
「話さなかっただけで、合ってなかったわけじゃないですよ。」
「お前、たまに人の心臓をドキッとさせるようなこと言うよな?」
イハンが瞬きをした。
「そんなつもりはなかったんですけど。」
「それが余計に問題なんだよ。」
リウが笑いながらボールを拾い上げた。
そのときだった。
「リウ先輩。」
後ろから誰かが呼んだ。
二人は同時に振り向いた。
サッカー部の1年生だった。
「コーチが先輩を探してます。」
「今?」
「はい。それと、イハンも一緒に来てって。」
リウとイハンは互いに目を見た。
「何だろう?」
コーチ室に入ると、見知らぬ人が一人座っていた。
初めて見る人だった。
コーチが立ち上がりながら言った。
「来たか。」
「はい。」
「こちらはOOで、サッカー部のコーチだ。」
リウが頭を下げた。
「こんにちは。」
相手のコーチは笑ってイハンを見た。
「君がイハンだね?」
イハンがうなずいた。
「はい。」
「昨日の試合映像を見たよ。動きがかなりいいな。」
リウの表情がかすかにこわばった。
コーチが説明を続けた。
「来月、うちの学校と練習試合があるだろう。その前に、イハンを一度テストしてみたいそうでね。」
「テストですか?」
イハンが尋ねた。
「うん。他校がイハンに興味を示している。」
リウの手が止まった。
「他校ですか?」
思わず口をついて出た言葉だった。
相手のコーチが笑った。
「そうだ。まだ正式なオファーじゃないけど、可能なら次のシーズンからうちの学校でプレーすることも考えてみてほしいって伝えたくてね。」
部屋が静かになった。
イハンは特に表情を変えなかった。
だが、リウは違った。
頭の中が混乱した。
イハンが別の学校へ行く。
その考えが妙に嫌だった。
「とりあえず、本人の意思が一番大事だから、急いで決める必要はない。」
コーチがイハンに言った。
「ゆっくり考えてみて。」
「はい。」
イハンが答えた。
そのとき、リウが口を開いた。
「イハンはここで続けてプレーするほうがいいと思います。」
皆の視線がリウに向いた。
リウ自身も驚いた。
相手のコーチが笑った。
「キャプテンだから、そう言うんだろう。」
「……はい。」
「いい選手だから、どこへ行ってもやれるさ。」
その言葉が妙に引っかかった。
どこへ行っても。
ならイハンは本当に、どこへでも行ける人だった。
そしてリウにとって、それは初めての恐怖だった。
練習が終わったあと。
イハンはグラウンドに一人残っていた。
ボールを片付けていると、リウが近づいてきた。
「イハン。」
「はい。」
「さっきの。」
「はい。」
「考えた?」
イハンがボールを抱えたままリウを見た。
「まだです。」
「行くつもりはある?」
イハンはしばらく黙った。
「わかりません。」
その答えに、リウの表情が固まった。
「どうして?」
「もっといい環境でプレーできるなら、考えてもいいかなって。」
「ここより?」
「そうかもしれません。」
「……。」
「先輩ならどうしますか?」
リウはすぐには答えられなかった。
自分なら。
もっといい機会があるなら、つかんでいただろう。
それが選手として当然の選択だから。
でも、なぜかイハンには行くなと言いたかった。
「俺は……。」
リウが口を開いて、止まった。
「行きたければ行け。」
イハンがリウを見た。
「本当に?」
「ああ。」
「先輩は、俺が行っても平気ですか?」
リウは無理に笑った。
「お前の人生だろ。俺が何を言える。」
「そうですか。」
イハンがうなずいた。
そして、背を向けた。
リウはその後ろ姿を見ながら、知らず知らず拳を強く握った。
どうしてあんなに平気そうなんだ。
どうして自分だけこんなにおかしいんだ。
その日の夜。
リウはいつもより遅くまでグラウンドに残っていた。
ボールを蹴って、また蹴った。
でも、集中できなかった。
イハンが他校のユニフォームを着ている姿が、何度も頭に浮かんだ。
別のチームでプレーして。
別のキャプテンからパスを受けて。
別の人たちと笑って。
そんなことを考えるほど、胸の片隅が妙に息苦しくなった。
「先輩。」
後ろから声がした。
リウが振り向いた。
イハンだった。
「まだ帰ってなかったんですか?」
「先輩が帰らないから。」
「どうして?」
「一緒に帰ろうと思って。」
リウはしばらくイハンを見た。
「俺を待ってたのか?」
「はい。」
「どうして?」
「なんとなく。」
イハンがリウの横に立った。
「今日は先輩、元気なさそうだったので。」
「俺が?」
「はい。」
「別に何もない。」
「嘘です。」
リウがふっと笑った。
「お前、最近ほんとに俺のことわかってきたな。」
「先輩が隠そうとしても、見えますから。」
「じゃあ、お前が他の学校に行くことも、俺には隠すつもりか?」
イハンがぴくりとした。
「まだ決めてません。」
「でも、行くかもしれないだろ。」
「はい。」
リウは目を伏せた。
「じゃあ、行け。」
「……。」
「お前がもっといい場所でプレーしたいなら、行くのが正しい。」
イハンは長い間、リウを見つめた。
「先輩は、俺が行ったほうがいいと思うんですか?」
リウは答えなかった。
「答えてください。」
「……。」
「先輩。」
やがてリウはイハンを見た。
そして低い声で言った。
「よくない。」
イハンの目が大きくなった。
「何がですか?」
「お前が行くこと。」
初めて、リウは正直に言った。
「正直に言うと嫌だ。お前が他の学校でプレーするのも嫌だし、他のやつらと練習するのも嫌だし、俺の知らない場所でお前がもっとうまくやってるって思うと、妙に腹が立つ。」
イハンは何も言わなかった。
リウは苦く笑った。
「でも、行くななんて言えないだろ。お前がもっといいチャンスをつかめるかもしれないのに、俺がキャプテンだからって引き止めるのは欲張りな気がして。」
長い沈黙が続いた。
イハンが静かに尋ねた。
「それ、本当にキャプテンとして言ってるんですか?」
リウの目が揺れた。
「……何?」
「俺が他の学校に行くのが嫌だって言ったじゃないですか。」
「ああ。」
「その理由、本当に俺がエースだからですか?」
リウは答えられなかった。
イハンが一歩近づいた。
「先輩が俺を引き止めたい理由がサッカーなら、俺は行くかもしれません。」
「……。」
「でも、サッカーじゃないなら。」
イハンの声が少し低くなった。
「先輩が俺を必要とする理由が別にあるなら、俺は行きません。」
リウは息を止めたようにイハンを見た。
「どういう意味だ?」
「先輩が先に言ってくれたら。」
「何を?」
「俺が先輩にとってどんな人か。」
リウの心臓が速く打ち始めた。
でも、簡単には答えられなかった。
自分にとって、イハンがどんな人なのか。
エース。
後輩。
チームメイト。
どの言葉でも、この感情は説明できなかった。
リウはようやく口を開いた。
「お前は……。」
その瞬間、グラウンドの外から誰かが叫んだ。
「リウ! イハン! まだ帰ってなかったのか?」
二人は同時に振り返った。
リウは言葉を飲み込んだ。
そしてイハンは静かに笑った。
「今日はここまでにしましょう。」
「イハン。」
「はい?」
「明日話そう。」
「何の話ですか?」
リウはしばらく考えてから言った。
「お前が俺にとってどんな人か。」
イハンの瞳が揺れた。
「約束ですか?」
「ああ。」
「じゃあ、待ってます。」
イハンが先にグラウンドを出た。
リウはしばらくその場に立っていた。
まだ自分の気持ちが何なのか、はっきりとはわからなかった。
でも、一つだけは確かだった。
イハンが去ることを考えるだけでこんなに嫌だということは、すでに自分は彼のことを気にしすぎているのだ。
