
2試合目が始まる前。
イハンはロッカールームでずっとリウの足首のことを気にしていた。
「先輩、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だって。」
「さっきよりもっと腫れてる気がします。」
「お前が医者か?」
「いいえ。」
「じゃあ、あんまり心配するな。」
リウは笑いながらイハンの肩をたたいた。
「俺、ここにいるだろ。」
「…….」
「だから、試合をちゃんとやってこい。」
イハンはリウをしばらく見つめてからうなずいた。
「わかりました。」
「それと。」
リウがイハンを呼んだ。
「今度は一人で何とかしようとするな。」
イハンは笑った。
「先輩がいなくても、一人でやるつもりはないですよ。」
「なんで?」
「先輩が見てるじゃないですか。」
リウの表情が一瞬止まった。
「それは…….」
「だから、ちゃんとやります。」
イハンはそのままグラウンドへ出た。
2試合目は1試合目よりずっと難しかった。
相手は前の試合で4ゴールを決めた強豪だった。
試合開始から10分で、うちのチームは守備が崩れて失点した。
0対1。
イハンはボールを持つたびに2、3人に囲まれた。
前ならどうにか突破できたはずだった。
でも今日はリウがベンチにいた。
イハンはボールを持つたびに、少しだけベンチを見た。
リウはずっと手振りで位置を伝えていた。
左。
イハンはうなずいた。
パス。
もう一度パス。
そして反対側へ切り替え。
攻撃が続いた。
「いいぞ! そのまま!」
リウの声が聞こえた。
イハンは相手守備の裏へ動いた。
ボールが正確に入ってきた。
シュート。
ゴール。
1対1。
チームメイトたちがイハンに駆け寄った。
イハンはセレモニーをしてから、すぐベンチを見た。
リウが両手を上げて笑っていた。
イハンも笑った。
後半。
スコアは1対1。
試合終了まで残り10分しかない。
相手チームは攻め続けた。
うちの守備は揺れ始めた。
コーチが選手たちに向かって叫んだ。
「集中しろ! もう1点入ったら終わりだ!」
イハンは息を整えながら周囲を見た。
そしてリウを探した。
リウはベンチから立ち上がっていた。
足首を痛めていて、まともに立つのもつらそうだったが、ずっとグラウンドを見ていた。
その時、リウが手で合図を送った。
イハンはその合図がわかった。
少しだけ待って。
イハンは相手の攻撃を止めたあと、すぐ前へ走った。
ボールを受けた味方がイハンへパスした。
守備が2人ついてきた。
イハンはすぐには突破しなかった。
1人を引きつけてから、反対側へボールを出した。
そして再び前へ走った。
ボールが戻ってきた。
今度はリウがよく言っていた位置だった。
イハンはそのままシュートした。
ゴール。
2対1。
試合終了。
選手たちが歓声を上げた。
イハンは息を切らしながらグラウンドの真ん中に立っていた。
そして真っ先にリウを探した。
リウが拍手していた。
イハンはそのままベンチへ走った。
「先輩。」
「よくやった。」
「見てました?」
「全部見てた。」
「俺、一人じゃなかったです。」
「わかってる。」
リウは笑った。
「今度は本当にチームで勝ったな。」
イハンも笑った。
「先輩が教えてくれたからですよ。」
リウがイハンの頭を軽く押した。
「よくやった。」
その一言で、イハンは妙に胸がいっぱいになった。
ほかの人に言われる褒め言葉とは違った。
リウに「よくやった」と言われると、妙なくらいもっと頑張りたくなった。
準決勝進出が決まったあと。
選手たちは宿へ戻る前に、グラウンドの近くで少し休憩した。
その時、第7話で会った別の学校の選手がイハンを訪ねてきた。
「イハン。」
「はい。」
「試合、よく見たよ。」
「ありがとうございます。」
「うちのコーチも見てた。やっぱり思ってたよりずっといい選手だな。」
リウは少し離れた場所から2人を見ていた。
「前に言ってたこと、まだ考え中だよな?」
「はい。」
「準決勝が終わってからでも、一度うちの学校に来てみなよ。環境も自分で見て決めたほうがいいだろ。」
イハンは少し迷った。
「わかりました。」
男が戻ると、リウが近づいてきた。
「行くのか?」
「どこにですか?」
「あの学校。」
イハンはしばらくリウを見た。
「はい。行ってみようと思います。」
リウはうなずいた。
「そうか。」
「先輩。」
「うん。」
「なんで何も言わないんですか?」
「何を。」
「行くなって。」
リウはしばらく黙った。
「……俺がそう言ったら、お前が行かない気がして?」
「そうかもしれません。」
「だから、なおさら言えない。」
リウは笑った。
「お前はお前で、自分の選択をしろ。」
イハンはそんなリウをしばらく見つめた。
「先輩は本当に、俺が行ってもいいんですか?」
「よくない。」
今度はリウが正直に答えた。
「でも、お前がもっといい機会をつかむのを、俺は止めたくない。」
「…….」
「お前がどこでプレーしても、お前が幸せならそれでいい。」
イハンはうつむいた。
その言葉は、思ったより心に引っかかった。
自分が欲しかった答えではなかった。
むしろ逆だった。
行くなと言ってほしかった。
その夜。
宿の部屋で、イハンは眠れなかった。
スマホを手に取った。
リウにメッセージを送ろうか迷って、結局送った。
先輩。
しばらくして返信が来た。
なんでまだ寝てないの?
先輩も寝てなかったんですね。
俺は足首のせいで眠れない。
嘘。
ほんとだって?
イハンはしばらく迷ってからメッセージを送った。
今日、先輩が言った言葉のせいでいろいろ考えちゃいました。
何て?
俺がどこでプレーしても幸せならいいって言葉。
しばらく返信がなかった。
そしてしばらくして。
本心だよ。
イハンは画面を見つめた。
じゃあ、先輩は?
俺が?
俺が別の学校に行ったら、幸せそうですか?
リウはかなり長い間、返事をしなかった。
それからメッセージが来た。
いや。
じゃあ、なんで行けって言うんですか?
お前が望むなら、送り出さなきゃいけないから。
イハンの指が止まった。
俺はまだ、自分が何を望んでるのかよくわかりません。
ゆっくり考えろ。
先輩は?
俺はもうわかってる。
イハンは一瞬、心臓が跳ねた。
何をですか?
しばらくして、リウから返信が来た。
お前にここにいてほしい。
イハンはその文を何度も読み返した。
そして静かに返した。
俺もです。
何が?
ここにいたいです。
しばらくしてまたメッセージが来た。
本当に?
はい。
なんで?
イハンはしばらく考えてから、結局正直に打った。
サッカーのせいだと思ってたけど、違うみたいです。
じゃあ?
イハンは画面を見つめながら、ゆっくり返信した。
先輩がいるからです。
リウから返信は来なかった。
数分たっても何もなかった。
イハンは、送るんじゃなかったかと思ってスマホを置こうとした。
その瞬間、メッセージが1件届いた。
イハナ。
はい。
俺、今笑ってる。
イハンも思わずふっと笑った。
俺もです。
翌朝。
準決勝を前にした最後の練習。
リウは相変わらず足首のせいで試合に出られなかった。
でもコーチはリウに言った。
「今日もベンチで指揮してくれ。」
「はい。」
イハンが横で聞いた。
「先輩。」
「ん?」
「決勝に上がれたら、出られますか?」
「たぶん厳しいと思う。」
イハンは少し考えた。
「じゃあ、俺が決勝まで連れていきます。」
リウは笑った。
「自信あるのか?」
「はい。」
「じゃあ、ひとつ約束しろ。」
「何をですか?」
「絶対、一人で勝とうとするな。」
イハンはうなずいた。
「わかりました。」
そして少しして、笑いながら付け加えた。
「その代わり、先輩も約束してください。」
「何を?」
「俺が決勝に行けたら、一番最初に祝ってくれること。」
リウは笑った。
「もちろん。」
イハンはまたグラウンドを見た。
もう大会は、たった1試合を残すだけだった。
そして今度は、自分が何を望んでいるのか少しわかった気がした。
いい選手になること。
そして、それよりもっと大事なこと。
リウと同じ場所で、同じ方向を見ながら走ること。
