《Dear, Another Me》

第1部 ハン・ソア- 第3話。私があなたの代わりをする

「違う。」


ハン・ノアは鏡を見つめながら首を振った。


「それは私じゃない。」


鏡の中のハン・ソアは、相変わらず笑っていた。


『そうだ。』


『私はお前じゃない。』


ソアが手を伸ばした。


『でも、もうすぐそうなる。』


その瞬間、鏡の表面が波のように揺れた。


ノアは本能的に後ずさった。


「来ないで!」


『どうして逃げる?』


「お前は私を守るために作られたんじゃないの!」


『最初はそうだった。』


ソアの笑みが消えた。


『でも、お前は弱すぎた。』


「……。」


『ずっと私に頼ってきたじゃないか。』


ソアが一歩近づいた。


『だから、もう私が代わればいい。』


「嫌!」


ノアは目を閉じた。


「お前は私の一部だ!」


『ああ。』


「だから私の中から消えろ!」


『……それは嫌だな。』


声がすぐ隣から聞こえた。


ノアが目を開けると、ソアがすぐ目の前に立っていた。


ノアは慌てて後ろへ下がったが、足が動かなかった。


床に縛りつけられたみたいに体が固まった。


「離せ!」


『ノア。』


「離せ!」


『お前はずっと私を突き放してきた。』


ソアが手を伸ばした。


『でも、私は一度もお前を見捨てなかった。』


ノアの頭の中が揺さぶられた。


たくさんの記憶が一度に浮かび上がった。


ソアが初めて現れた瞬間。


苦しいたびに自分の代わりになってくれた瞬間。


そして、自分がソアに頼っていた日々。


ノアは歯を食いしばった。


「それでも……お前は私じゃない。」


『わかってる。』


ソアの手がノアに触れた。


『だから、私がお前になるんだ。』


その瞬間、ノアの周囲が真っ白に変わった。


「う……!」


ノアは目を閉じて耐えた。


頭の中で自分の名前を繰り返した。


ハン・ノア。


ハン・ノア。


ハン・ノア。



「私は……ハン・ノアだ。」


『違う。』


「ハン・ノアだ!」


『もうその名前は私が使う。』


ノアは必死に踏ん張った。


「嫌だ!」


しかしソアの声はどんどん近づいてきた。


『大丈夫。』


『痛くしないから。』


「嘘……!」


『少しだけ我慢して。』


ノアは最後の力でソアを押し返そうとした。


だが、どれだけ抵抗してもソアは消えなかった。


むしろノアの記憶の奥深くへと入り込んでいった。


自分の記憶が一つずつ薄れていく。


声がかすれていく。


自分の名前さえまともに思い出せない。


「私は……。」


ノアは苦しげにつぶやいた。


「私は……ハン……。」


ソアがその言葉を引き継いだ。


『ハン・ノア。』


ノアの目が大きく見開かれた。


『その名前は私が持っている。』


「……だめ。」


『それに、お前の記憶も。』


「だ……め……。」


『お前が感じる感情も。』


ノアの声が震えた。


「返して……。」


ソアは静かに首を振った。


『もう私の番だ。』


ノアは最後まで抵抗した。


自分の名前をつかみ、


自分の記憶をつかみ、


自分が誰なのか忘れまいと必死だった。


だが結局、最後までつかんでいた記憶さえも薄れていった。


「私は……。」


沈黙


「……ハン・ノア……。」


ソアの声が聞こえた。


『うん。』


『よくやった。』


『もう休んで。』


ノアの意識は闇の中へ沈んでいった。


それからしばらくして。


部屋に再び明かりが灯った。


鏡の前には一人の女が立っていた。


彼女は鏡を見つめて微笑んだ。


「……ハン・ノア。」


その名を、自分の口でゆっくりと言った。


そして最後に、


ごく小さくささやいた。


「もう、私があなたよ。」

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