《Dear, Another Me》

第1部 ハン・ソア - 第4話。残されたハン・ノア

朝だった。


ハンノアが目を覚ました。


窓から日差しが差し込んでいた。


彼はいつも通りベッドから起き上がった。


顔を洗い、



服を着て、


朝食を食べた。


すべてが平凡だった。


しかし、一つだけ違っていた。


鏡に映っていた人は、もはや以前のハンノアではなかった。


「おはよう。」


鏡の中のハンソアが微笑んだ。

正確には、


ハンノアの顔で笑っていた。


ソアは鏡を見つめながら髪を整えた。


「これで本当に完璧だね。」


彼女は自分の姿を見つめ、満足そうに笑った。


誰もソアを疑わなかった。


彼女の記憶も、

話し方も、

癖も、


そして名前まで。


すべてがハンノアのものだった。


ソアはもうハンノアの人生を生きていた。


しかし、誰も知らない場所があった。


ハンノアの意識の最も深いところ。


そこは何も見えない闇だった。


「……ここはどこ?」


ノアが目を開けた。


あたりを見回した。


闇だけだった。


そして自分の手首と足首には、冷たい鎖がつながれていた。


「これ……何?」


ノアは鎖を外そうと身じろぎした。


カチャ。


カチャ。



しかし鎖は外れなかった。


「ソア!」


返事はなかった。


「ソア! 聞こえてるでしょ!」


しばらくして。


遠くから足音が聞こえた。


コツ。

コツ。



闇の中から誰かが姿を現した。


ハンソアだった。


だがノアはソアを見るなり首を振った。


「出ていけ。」


ソアは微笑んだ。


「いや。」


「ここは私の中だよ。」


「知ってる。」


ソアがノアの前に座った。


「だから、なおさらいいの。」


ノアは鎖をつかんだ。


「私を外して。」


「なんで?」


「私が出なきゃいけないから。」


ソアは首をかしげた。


「出ていって何をするの?」


ノアは答えられなかった。


ソアが静かに言った。


「もう外には私がいるじゃない。」


ノアの表情がこわばった。

「……。」

「人々は私をハンノアだと思ってる。」


ソアが微笑んだ。


「あなたの記憶も全部持ってる。」


ノアはうつむいた。


「だからって……おまえが私になるわけじゃない。」


ソアはしばらくノアを見つめていた。


そして立ち上がった。


「そう。」


ソアが言った。


「じゃあ、そのままそう思ってなよ。」


「……何?」


「あなたが本当のハンノアだって。」


ソアは闇の中へ背を向けた。


「その考えだけは、奪わないでおいてあげる。」


ノアは目を見開いた。


「どうして……?」


ソアは振り返らなかった。


「あなたがまだ自分は自分じゃないって思えたほうが、面白いから。」


カチャ。


鎖の音が闇に響いた。


ソアの姿はどんどん遠ざかっていった。


「待って!」


ノアが叫んだ。


「ソア!」


しかしソアは答えなかった。


しばらくして、闇にはまたノアひとりが残った。


彼は鎖を見つめた。


そして力なくつぶやいた。


「私は……ハンノアだ。」


誰も答えなかった。


「私はハンノアだって……。」


声はだんだん小さくなった。


外ではソアが生きていた。


そして中では、ノアが消えないまま残っていた。


永遠に。


彼は自分の名前を忘れまいと、何度も繰り返した。


ハンノア。

ハンノア。

ハンノア。



だが時が流れるにつれ、その声さえ闇に埋もれていった。

カチャ。

カチャ。

鎖の音だけが果てしなく響いた。


そして闇に残された本来のハンノアは、


自分が誰なのか分かっていながらも、そこから抜け出せなかった。


彼の意識は果てしなくその場に残り続けていた。

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