黒い毛の獣を家に入れました

5話 - 無防備だった

再び戻ってきた週末。ユハミンが来てから、なんだか時間が早く過ぎる気がするな、と思いながら私はベッドの上でスマホをいじっていた。OTTの新作一覧を見ていたら、数日前から待っていた映画が配信されているのを見つけた。上半身が反射的に勢いよく起き上がった。

 

「あっ!」

 

好きな俳優が主演のアクション映画だった。公開された時から見たかったけれど、試験期間とかぶって映画館では見逃してしまった作品だった。

ふむ、見たいけど。一人で見るのはつまらないんだよね。私はいつも映画を一人で見たことがないから。

近くに住んでる友達はいないし、イェジュンは……なんだか顔をまともに見られないし。

 

……やっぱりあれしかないのかな。

私は部屋を出て隣の部屋のドアをノックした。

 

「ユハミン」

 

中から短く返事する声が聞こえた。

ドアを開けると、ハミンは机の前に座ってノートパソコンを触っていた。気配に顔を上げたハミンが、じっと私を見た。

 

「なに?」

「今日、何してる?」

「別に何も」

「じゃあ、私と映画見る?」

 

ハミンの目が少し大きくなった。

 

 

「……俺と?」

「うん。見たかった映画が今日配信されたの。家で見ようと思って」

 

言ってから、なんだか妙に恥ずかしくなった。

なんだこれ。映画一本見ようってだけなのに、なんでこんなに緊張するんだろう。

 

「あ、家で」

「嫌ならやめるけど」

「誰が嫌だって?」

 

ハミンはスマホを机の上に置くと、席を立った。

一緒にリビングに出たけれど、テレビの前はすでに母さんと父さんに占領されていた。二人は週末ごとに見ているバラエティ番組を見ていて、テーブルの上にはお菓子や果物まで広げられていた。

リモコンを譲ってくれそうな雰囲気ではなかった。

 

「お母さん、これいつ終わるの?」

「あと二時間くらいはかかるんじゃない?」

 

二時間。

映画一本を最後まで見ても余る時間だった。

少し迷っていると、ハミンが横で言った。

 

「ノートパソコンで見る?」

「画面小さいじゃん」

「映画見るには十分だよ。姉さんさえよければ、俺の部屋で見てもいいし」

 

ハミンは少し言葉を切ってから、付け加えた。

 

「気になるなら、ノートパソコンだけ貸すよ」

 

気遣ってくれてるのかな。表情に変化がないから、さっぱり分からなかった。私は無駄にクールぶって答えた。

 

「何が気になるの。別に一緒に見ればいいじゃん」

 

ハミンは黙って私を見てから、先に部屋へ戻った。私は台所でコーラと開けた袋菓子をトレーに載せて、ハミンの部屋へ向かった。

その間にハミンは机の上にあったノートパソコンを持ってきてベッドの上に置き、壁際に大きな枕を置いてセッティングしていた。私が彼の右側に座ると、ハミンはベッド用の小さな台の上にノートパソコンを載せた。その前にトレーを置こうとしたところで、ハミンが横にあったふかふかのクッションを私に差し出した。自然にそれを受け取って、胸に抱きしめた。

 

ああ、ユハミンの匂い。同じシャンプー、同じボディウォッシュを使ってるのに、私とは少し香りが違う気がする。ちらっとハミンを見るけど、特に何も考えてなさそうだ。ただネットの画面を開いて、OTTにアクセスしてログインしているだけだった。

 

同じベッドの上に並んで座って、ノートパソコンで映画を見ていると、少し変な気分だった。

これ、なんか付き合ってるみたいじゃない? んん。咳払いすると、ハミンがこっちを振り向いた。

 

「どうした?」

「姉さんが見る映画、何なの?」

「あ、私が再生するよ」

 

 

ノートパソコンのタッチパッドに右手を伸ばした瞬間、体が傾いて肩が触れた。うわ、私、こういうのまで意識するようになったのかな。ドキドキしてるのを表に出さないようにしながら、私は再生ボタンを押した。

 

幸い、映画が始まるとすぐに他のことは頭から消えた。

 

冒頭から追跡シーンが続いた。車がひっくり返り、建物が崩れるたびに体に力が入る。待っていた俳優が最初に登場すると、思わずハミンの腕を叩いた。

 

「あの人が私の最推しなの」

「興味ない」

「かっこいいでしょ?」

「いや」

 

 

彼のぶっきらぼうな返事は、正直あまり聞こえていなかった。映画が始まってまだ数分しか経っていないのに、お菓子とコーラはなくなった。私はもっと集中するためにクッションを抱きしめ、画面を食い入るように見つめた。

 

派手なアクションシーンが終わり、脇役たちの会話が交わされた。解決策を探るためにいろいろな可能性を話し合う場面から、あまり興味のない脇役たちの恋愛シーンまで。少し退屈になってきて、目が半分閉じた。私の最推しはもう出てこないのかな。じゃあ意味ないのに。

 

すると、ある瞬間から場面が飛び飛びになり始めた。続けてまた銃声がして、騒がしい場面が再開したようだったけれど、やっぱり私は意識を保てなかった。クッションに少し頭を預けたところまでは覚えている。好きな俳優がもう出てこないのを目で確認してから、すうっと目が全部閉じた。

 

そのあとは何も覚えていない。

 

 

-

 

 

目を開けたとき、部屋の中は少し暗くなっていた。

ベッドの上の窓から、オレンジ色の光がかすかに差し込んでいた。肩まで布団がかかっていて、映画をつけていたノートパソコンと持ってきたトレーは、いつの間にか机の上に置かれていた。

 

あ。

私、寝ちゃったんだ。

 

体を起こそうとして、隣に横たわっているハミンを見つけた。

 

この子も寝たのかな? 布団はこの子がかけてくれたんだろうし……。

 

ハミンは私のほうを向いて横になったまま、目を閉じていた。腕を枕代わりにして、もう片方の手は私に触れないように自分の腹のあたりに置いていた。強引なだけだと思っていたけど、こんな面もあるんだ。正直、私の腰に腕を回してると思ってた。

 

普段はいつも真っすぐ目を合わせてくるから気づかなかったけど、こうして見るとまつ毛がかなり長い。

眉間の力も抜けていた。だからか、寝顔は思ったより柔らかく見えた。

鼻筋も通ってるし。肌もきれいだし。なんだか女の子みたい。

 

 

少し動くだけで顔が触れそうなほど近かった。ハミンが息を吐くたび、鼻先の近くをかすかな風がかすめた。

心臓が速く打ち始めた。

 

もう私にも分かった。私、本当にこいつのことが好きなんだ。いつからかは正確には分からないけど、今になってやっと確信が持てた。なんだか彼を見つめる私の目がきらきらしそうだ、なんて思った、その瞬間、ハミンの目が開いた。

 

視線が真正面からぶつかった。

 

「ひっ」

 

私は慌てて体を起こした。

 

「あの、その……。私、いつ寝ちゃったんだろ!」

 

声が必要以上に大きくなった。ハミンは横になったまま、何も言わずに私を見上げていた。

 

「映画は? もう全部終わった?」

「……うん」

 

掠れた声が低かった。うなるみたいな、まるで遠吠えみたいな声に、唾をゴクリと飲み込んだ。

少し乱れた黒髪に、寝起きでまだ完全には開ききっていない目は深みがあった。黒い半袖から見えるたくましい腕に、私を見上げる中身の読めない深い視線まで。

ねえ、おまえ今、すごく刺激的な姿してるって、分かってる? 心臓が激しく揺れていた。

 

私は唇をぎゅっと噛んでから、んん、と喉を整えるように咳払いし、顔を背けた。

 

「お腹空いた。出よう」

 

ベッドから降りようと体を回した瞬間だった。

ハミンが私の腕をつかんだ。

 

「うわっ!」

 

腕が後ろに引かれた。

バランスを崩した体が、またベッドの上に倒れ込んだ。手のひらでベッドを支える前に、ハミンの腕が背中を回ってきた。

そのままハミンの胸に抱きしめられた。

 

「おい、何してんの……!」

 

ハミンは答えなかった。

私の肩に顔を埋めたまま、長く息を吐くだけだった。

 

「はぁぁ……」

 

なにこれ。

こいつ、なんでこんなことするの?

寝起きでまだ頭がはっきりしてないのかな。

 

背中を包む腕には力がこもっていた。押し返そうと思えば押し返せそうだったけど、そうしなかった。

気づけば指でベッドシーツを少しだけ握っていた。どくん、どくん。心臓の音が聞こえた。これ、私の心臓の音なのか、それともこいつの心臓の音なのか。

 

しばらく、互いに何も言わなかった。

 

そして、ほどなくしてハミンの腕から力が抜けた。

私はゆっくり上半身を起こした。ハミンもそれに続いて起き、ベッドに腰かけた。

 

いつの間にか日も完全に沈んだのか、部屋の中は青い光に変わっていた。

ハミンは乱れた前髪をかき上げながら私を見た。

 

 

「無神経なのか、無関心なのか」

 

ハミンはその言葉だけを残してベッドから立ち上がった。

 

「お腹空いたって言ってたろ」

 

ハミンは二歩でドアの前まで行くと、そのままドアを開けて出て行った。私のほうは見もしないで。

私は一人ベッドの上に残り、さっきまでハミンが横たわっていて、私たちが抱き合っていたベッドを見下ろした。

 

まだ私が自分を好きだって気づいてないんだ。

バカ。

なんで私が黙って抱きしめられてたと思うの。こっちだって無防備だったくせに。

 

今でも、たくましい腕が私の背中を包んでいた感触が鮮明なのに。肩のあたりを手でこすりながら、私も立ち上がって明るいリビングへ向かった。

 


5話 - FIN?

 

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姉さんのほうから先に映画を見ようなんて言ったのは初めてだった。

 

「俺と?」

 

思わず聞き返した。

もしかして、と思った。

今は自分のことを好きじゃないわけじゃなさそうだとか、週末に二人で映画を見ようっていうのには別の意味があるんじゃないかとか。

そんな期待をほんの少しだけした。しかも、俺の部屋で映画を見るって。これ、どこからどう聞いてもグリーンライトだって大騒ぎする展開じゃないか。ふう、どんどん気持ちが浮き立った。落ち着かせるのが簡単じゃない。

 

そして姉さんが再生した映画の最初の場面で、車が爆発した。

まあ、そうだよな。

ロマンスどころか、始まって5分もしないうちに人が窓を割って建物の外へ飛び出した。

 

私はノートパソコンの画面を見ながら短く息を吐いた。あっという間に表情も気持ちも乾いていった。たぶん姉さんは知らないだろうけど。

 

本当に無神経な人だ。

そんなことも知らずに、姉さんは好きな俳優が出たってはしゃいでいた。

 

「あの人が私の最推しなの」

 

俺の腕を叩く手に、視線が自然と横へ向いた。

 

興味ない。

 

心の中で思った言葉は、かなりぶっきらぼうに、正直に口から出た。言うつもりはなかったのに。

気になって横を見るのに、傷ついたふうでもなく、ただ集中して映画を見ているだけだった。

ほんと、たちの悪い女だな。

 

内容がどう展開しているのかは分からず、気持ちは全部、横にいるこの無神経な女に向いていた。映画の内容はまあ、ありふれたヒーローアクション映画だった。

少し退屈になってくる場面が来ると、姉さんはすぐに集中力が切れた。

頭が片側に傾いた。目を閉じたまま、クッションに頬を埋めていた。

 

「姉さん」

 

小さく呼んでみたけど、返事はなかった。

 

本当に寝たんだ。

アクション映画を見ようって言っておいて、半分も持たなかった。

 

無神経で、無関心で、それに無防備まで加わるなんて。ふう、と息を吐きながらノートパソコンの音を小さくした。それでも起きないから、ベッドの上で邪魔になっていたノートパソコンと台、トレーを全部片づけた。その間も起きる気配はなかった。

 

俺のベッドで、好きな女の人が寝ている。

 

かなり刺激的な状況だった。姉さんはそれを分かってるのかな。

ベッドの端に押しやられていた布団を引き寄せて、体の上にかけてやった。そしてその横に俺も寝転んだ。腕を伸ばして、顔にくっついた髪の毛だけ横に払ってやった。

 

俺を信じてるのか。

かなり無防備だな。

 

目を閉じていると、普段よりさらに幼く見えた。すう、すう。静かな寝息だけが耳元で響いた。髪をいじっていた手は、いつの間にか口元で止まっていた。唾をゴクリと飲み込んだ。少しずつ、顔が近づいていく。

 

二度とこんな機会はないかもしれない、と思った。

 

どくどくとうるさい心臓の音が耳元で聞こえた。口を開けば心臓が飛び出しそうだった。姉さんの唇がすぐ目の前にある。少し動けば触れられる距離。息を吸うことさえ慎重になった。やがて震える息が唇の間から漏れ、俺は顔を引いた。

 

俺、今何してるんだ。

 

ふう、と息を吐いて目を閉じ、また開けた。席を空けたほうがいいかとドアのほうを見たが、すぐに考えを変えた。

俺の前では毎回逃げるくせに、俺のベッドではこんなに気楽に寝てるなんて、腹が立った。

 

もっと顔を見てやる。

 

姉さんに向かい合う向きで寝転び、眠っている顔をじっと見つめた。きれいで可愛くて、全部持ってるって感じだ。

片腕でセルフ腕枕をすると、もう片方の手の置き場がなくなって、そのまま俺の腹の上に置いた。こんなふうに顔を見るのは初めてだ。まるで夢みたいだと思った。

 

そしてその考えを最後に、俺もいつの間にか眠っていた。

 

-

 

 

目を覚ましたとき、姉さんが俺を見ていた。

顔がすぐ目の前にあった。

 

起きたばかりのせいか、あらゆる感覚がやけに鮮明だった。姉さんの息が届く距離も、少しずつ揺れる瞳も、全部はっきり見えた。

 

起きたばかりの心臓が強く跳ねた。

 

それでも動かなかった。

驚いて逃げるのが目に見えていたから。

 

予想どおり、姉さんは目が合った瞬間に飛び起きた。

 

「あの、その……。私、いつ寝ちゃったんだろ!」

 

慌てふためく様子がスローモーションみたいに感じられた。ひとつひとつの動きが目に鮮明に焼きついた。席を立って、髪を整えて、それから体を起こす。

 

「お腹空いた。出よう」

 

思わず手が先に出た。細い腕をつかんで引き寄せた。姉さんの体がベッドの上に倒れると、そのまま抱きしめた。

腕の中で姉さんの体が硬くなった。

 

「おい、何してんの……!」

 

そう言いながらも押し返してはこない。

 

はっ。

目の前にある白いうなじを思いきり噛みついてやろうか、と思った。

 

どんな気持ちで俺の隣で寝て、どんな気持ちで寝顔を見つめていたのか。

俺は血気盛んな17歳の男だぞ。今だってかなり下腹が疼いてるっていうのに。

肩に顔を埋めて、長く息を吐いた。

 

「はぁぁ……」

 

もう少し抱いていたら、離したくなくなりそうだった。

腕に入っていた力をゆっくり抜いた。

 

姉さんがゆっくり上半身を起こした。俺もそれに続いて起き上がり、ベッドに座った。

部屋に残っていた夕焼けは、もうすっかり消えていた。

 

「無神経なのか、無関心なのか」

 

ベッドから起きてドアを開けた。

振り返りはしなかった。

 

次もこんなふうに無防備だったら。

その時は今日よりもっと素直にしてやる。

 


 

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