“……そういうことだ。”
ウジンの話が終わった。部屋には重い沈黙が降りた。窓の外はいつの間にかすっかり暗くなっていた。風が吹くたび、乾いた枝がトントンと窓を引っかいた。カーテンがかすかに揺れ、机の上のスタンドだけが赤い絨毯の上に黄色い光を落としていた。
私は手にした書類を見下ろした。紙の真ん中に押された死亡処理という文字が、やけに赤かった。
九歳のウジンが何度も浮かんだ。湿った工場の床に裸足で立っていた子ども。母親が好意で譲ったご飯をむさぼるように飲み込み、最後には母親を生かすため銃口の前へ飛び込んだ子ども。母親はその子の代わりに死んだ。
ウジンのせいで母さんが死んだと恨むべきなのか。でも、銃を撃ったのも、母さんを誘拐したのもウジンじゃなかった。彼もまた、あの場所に縛られて生きていた子どもにすぎない。恨む相手さえまともに選べなくて、余計に惨めな気分になる。
指先に力が入り、書類がくしゃりと折れた。私はようやく顔を上げてウジンを見、口を開いた。
「最初から俺を殺すつもりはなかったの?」
「なかった」
短い答えが返ってきた。ウジンも逃げずに私を見ていた。あの冷たい顔で私に銃を向けたその瞬間でさえ、殺すつもりはなかったという意味だった。これまで何度も疑っていた行動の数々が、遅れて別の意味で迫ってきた。
「じゃあ、どうして依頼を受けたんだ?」
「お前の父親を殺した連中にたどり着くためだ」
窓を引っかく音が、ぴたりと止んだ。風が止まった部屋は、息が詰まるほど静かだった。
「父さんを殺したのが誰か知ってるの?」
「お前の母親を拉致した組織の残党だ」
父さんは裏切られたんだと言っていた。そんな日が来るかもしれないと、ぼんやり思ったことはあった。危ない世界だったし、父さんはその世界の首領だったから。けれど、こんなに長く積もった恨みだとは思っていなかった。
ウジンは、母さんが死んだ日のことを続けて説明した。父さんがその組織を潰したが、全員が死んだわけではなかったこと。生き残った者たちは名前も姿も変えて散り、復讐の機会を待ちながら一人また一人と父さんの組織へ潜り込んだ。十五年もだ。父さんのそばで働き、命令に従い、信頼を得た。そうして最も近い場所まで入り込んだあと、父さんを裏切った。
「父さんが……銃で撃たれたのも」
「内部で道を開いたやつがいたからだ」
口の中がからからに乾いた。葬式で見た父さんの棺が浮かんだ。最後の顔さえまともに見せなかった理由も、今になってやっと分かりそうだった。
私は何も知らなかった。母さんがどう死んだのかも、父さんが誰に殺されたのかも。父さんがこの書斎でウジンと一緒に何をしてきたのかも知らなかった。見慣れていたはずの部屋が、急に見知らぬ場所のように思えた。本棚にぎっしり詰まった本ときちんと整えられた机、ベッドの横に置かれた小さなソファまで。私の知る父さんの痕跡の上に、私の知らない人生が重なっていた。
「それで、依頼殺人の仕事をしたの?」
「そっちから踏み込まないと尻尾はつかめないからな」
ウジンは、依頼を受けるふりをしながら少しずつ組織の奥へ潜り込んでいったのだと言った。依頼を断れば、その場で連絡は切れた。言われた通りに動いてこそ、次の相手に会えた。そしてその先に、父さんを殺した奴がいるはずだと思った。そんな中で、私の名前が書かれた依頼が入ってきた。まもなく父さんが死ぬから、その娘も始末しろという命令だった。
「じゃあ、会長っていう人が……」
「お前の父親を殺した側と繋がっている」
ウジンは、彼らが父さんの残した何かを探しているのだと言った。だから父さんが死んですぐ家を漁り、金庫と鍵を探したのだと。私が暗証番号を知っていると信じている間はむやみに殺せなかったが、その言葉が嘘だと気づいた以上、もう生かしておく理由もなくなったのだと。
そこで初めて、家と別荘で受けた襲撃が同じ線の上にあることに気づいた。ウジンの口から一つずつ説明を聞くほど、かえって冷たいものが足先から這い上がってきた。
「じゃあ、さっき盗聴したやつもそっちの人間なんだね」
「ああ」
ウジンは床に落ちた盗聴器を足先で押した。小さな黒い機械が絨毯の上を転がった。
「これだけを一晩で仕掛けるなんて無理だ。別荘の構造をよく知っていて、昔から出入りしていたやつがいると見る」
「誰なの?」
「外部の人間じゃないはずだ」
ウジンの視線が閉じたままのドアへ向いた。その向こうには家族たちが集まっていた。
「お前の家族の中に、あっちと繋がっている人間がいるってことだ」
叔母、叔父、叔父さん、若い叔父さんの顔が順番に浮かんだ。下の階で父さんの遺産について話していた人たち。ごくり。乾いた唾を飲み込んだ。まさか、うちの家族だなんて。ありえない……。口に出せなかった疑いが喉につかえた。手にした書類がかさりと鳴った。
その瞬間、割れる破裂音とともに鋭い女の悲鳴が階下から響き渡った。叔母だ。私は考える間もなくドアへ駆けた。ウジンが後ろから私の腕をつかもうとしたが、一歩遅かった。
「叔母さん!」
ドアを開けて廊下へ飛び出した。暗い廊下の先、階下から上がる光が階段の手すりの間で揺れていた。急いで階段を下りるたび、足元の木が大きな音を立てた。
リビングはめちゃくちゃだった。テーブルは横倒しになり、グラスと皿が大理石の床の上で粉々に砕けていた。父さんの名前が書かれた書類封筒も踏まれて、くしゃくしゃになっていた。
叔母はリビングの真ん中で取り押さえられていた。黒い服の男が叔母の首に腕を回し、こめかみに銃を突きつけていた。青ざめた叔母の唇が震えていた。周囲には見たことのない男たちが何人も立っていた。
「ヨジュ……」
叔母のかすれた声を聞いた瞬間、足が固まった。あとから下りてきたウジンが私の前に立ちはだかった。彼の手が腰元へ向かうと、叔母を押さえた男が銃口をさらに強く押し当てた。
「手を離せ」
ウジンの動きが止まった。若い叔父さん、叔父さん、甥。床には私の家族たちが倒れていた。意識を失っているのか動きがなかった。義理の叔父の姿は見えなかった。リビングには妙な匂いが漂っていた。葬式で嗅いだ香の匂いでも、古い別荘に染みついた木の匂いでもない。鼻先をひりつかせる化学薬品の匂いだった。
遅れて息を止めたが、もう遅かった。視界が大きく揺れた。力の抜けた膝が崩れそうになった瞬間、ウジンが私の体を支えた。ウジンも匂いに気づいたらしく、袖で鼻と口を覆ったが、こちらへ腕を伸ばしたせいで対応が遅れた。
男たちが一斉に飛びかかった。ウジンは最初に近づいた男の顎を蹴り上げた。鈍い音とともに男が後ろへ倒れた。すぐに別の男の手首を折って銃を奪おうとした瞬間、叔母が短い悲鳴を上げた。
ウジンの視線がそれた、その刹那、誰かが彼の後頭部を重い鈍器で殴った。ウジンの体が大きくよろめいた。私を支えていた腕から力が抜けた。もう力のない私も、つられてふらついた。すぐに男たちが飛びかかり、ウジンを床に押さえつけた。ウジンは再び体を起こそうとしたが、鈍器がもう一度落ちた。床に赤い血が飛び散った。
「ウジン……」
床にへたり込んだままウジンを見て叫んだが、声がまともに出なかった。駆け寄ろうとしても指先ひとつ動かせない。その瞬間、誰かが乱暴に私の腕をつかみ、すぐに鼻と口の上を濡れた布が覆った。ひどい匂いが息と一緒に流れ込んでくる。天井を照らしていたシャンデリアが長く垂れ下がり、それから幾つにも割れた。
最後に見たのは床に倒れたウジンだった。黒い髪の間に血が広がっていた。
*
意識を取り戻したとき、最初に感じたのは手首の痛みだった。荒い縄が肉に食い込んでいた。体を動かすと木の椅子がきしんで揺れた。目を開けるために何度も力を入れなければならなかった。視界を覆っていた黒い染みがゆっくり晴れていった。
見知らぬ空間だった。コンクリートの壁には湿気が染みのように広がり、天井に吊るされた一つの電灯が不安定に瞬いていた。窓はなかった。冷たい床からは湿った埃と油の匂いが上がってきた。古い倉庫のようだった。
横には叔母が椅子に縛られたまま頭を垂れていた。顔は青白かったが胸はかすかに上下していた。少し離れた場所には叔父が縛られていた。唇が切れ、眼鏡が片方に傾いた姿だった。その隣にも私の家族たちが縛られていた。みんな殴られたのか少し傷ついた跡はあったが、息はあるようだった。不幸中の幸いだと、ほっと息が漏れた。
そしてその反対側にウジンがいた。ウジンは壁にもたれて目を閉じていた。後頭部についた血が首筋まで乾いて張りついていた。なのにウジンの手と足には縄がなかった。どうしてウジンだけ縛られていないの?
頭がまともに回る前に叔父がもがいた。椅子が床を引っかき、耳障りな音を立てた。
「話が違うじゃないか!」
閉ざされた鉄の扉の向こうへ向けて、叔父が怒鳴った。
「俺があの女をここまで連れてきたんだぞ、裏切り者まで!」
全身の血が冷たくなった。叔父は縛られた手首をねじりながら、喉が張り裂けそうな声で叫んだ。
「俺はお前たちの味方だって言ってるだろう!」
またたいていた電灯が一度消え、それから再びついた。私は何も言えないまま叔父を見つめた。
さっき書斎で言っていた言葉がよみがえった。
『外部の人間じゃないはずだ』
『お前の家族の中に、あっちと繋がっている人間がいるってことだ』
叔父がうちの父さんを、うちの家族を裏切った。
ノワールむずすぎる……ㅠ
