1年間、私の妻になってください。

EP.15

翌朝。

いつもなら、キッチンからコーヒーの香りが漂い、ソンホが朝食の支度をしている時間だった。

だが、今日は違った。

キッチンは空っぽだった。

ソンホは一晩中ほとんど眠れなかった顔で、食卓に座っていた。

しばらくして、二階から足音が聞こえた。

ヨジュが降りてきた。

二人の視線が一瞬だけ重なった。

だが、先に目を逸らしたのはヨジュだった。

ヨジュ「……おはようございます。」

いつも通り挨拶したが、声には力がなかった。

ソンホ「……おはようございます。」

その後、何も続かなかった。

ヨジュは牛乳を一杯飲んだだけで、バッグを手に取った。

ソンホ「……朝は召し上がりませんか?」

ヨジュ「食欲がなくて。」

ソンホ「パンでも……」

ヨジュ「大丈夫です。」

大丈夫。

普段はソンホがよく言っていた言葉だった。

今日はヨジュが言っていた。

玄関のドアが閉まり、家の中はまた静かになった。

ソンホは食卓の上のトーストを長いこと見つめていたが、結局手を付けられなかった。


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数日間、二人は同じ家に暮らしていながら、ほとんど会話をしなかった。

出勤時間がずれ、退勤時間もわざとずらし始めた。

顔を合わせる機会はだんだん減っていった。

キム室長もその変化に気づいた。

社長室。

キム室長「……社長。」

ソンホ「はい。」

キム室長「ヨジュさんと何かありましたか?」

ソンホはしばらく黙っていた。

それから低く言った。

ソンホ「……誤解が生じました。」

キム室長「解けばいいではありませんか。」

「……」

ソンホ「それが簡単ではないんです。言い出せません。」

キム室長は小さくため息をついた。

キム室長「社長。」

「……」

「人生はタイミングが大事です。」

「……」

「恋もそうです。」

ソンホは何も答えられなかった。


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その日の夕方。

ヨジュは父親の病院に寄った。

手術は無事に終わり、回復も順調だった。

父親「最近、何かあったのか?」

ヨジュ「……どうして?」

父親「笑顔がない。」

ヨジュは無理に笑ってみせた。

ヨジュ「疲れてるだけ。」

父親はしばらく娘を見つめてから、静かに言った。

「婿さんと喧嘩でもしたのか?」

一瞬、ヨジュの瞳が揺れた。

ヨジュ「……ううん。」

父親「嘘だな。」

「……」

「お前の顔は、父さんが一番よく知ってる。」

その言葉を聞いた瞬間。

こらえていた感情が、ぐっと込み上げてきた。

だが彼女は最後まで笑って言った。

ヨジュ「……少し。」

「もめたの。」

父親はやさしく笑った。

父親「好きな者同士ってのは、もともと喧嘩するものだ。」

その言葉に、ヨジュは何も返せなかった。

『好きな人……』

もう、その言葉を否定できなかった。


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同じ頃。

ソンホは退勤途中、ヨジュが好きだった小さなベーカリーに立ち寄った。

ソンホ「食パンをひとつと……」

少し迷った彼は、言葉を続けた。

「……いちごケーキもください。」

家に帰ったら、まず謝ろうと思っていた。

最後まで言えなかった本音も、全部話すつもりだった。

『契約を終わらせたいっていうのは……』

『あなたと本当の夫婦になりたいという意味だったんだ。』

そう心を固めて、家へ向かった。


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だが新婚の家に着いた瞬間。

ソンホの足が止まった。

リビングにはキャリーケースが一つ置かれていた。

そしてその隣に、ヨジュが立っていた。

ソンホの顔がこわばった。

ソンホ「……どういうことですか。」

ヨジュは無理に平静を装った。

ヨジュ「……少し家を出ていようと思って。」

「……」

ソンホ「いつまで出ているつもりですか?」

ヨジュ「……気持ちを少し整理したくて。」

ソンホは一歩前に出た。

ソンホ「……だめです。」

「……」

「危険です。」

「……」

「ウンハクがまだ俺たちを狙っています。」

ヨジュは苦く笑った。

ヨジュ「……社長。」

「……」

「どうせ、もうすぐ終わる契約でしょう。」

その一言で、ソンホの表情が固まった。

彼は今すぐにでも、すべてを話したかった。

だがまたしても、言葉が喉でつかえた。

その短い沈黙を、ヨジュは別の意味に受け取った。

『やっぱり。』

『引き留める気もないんだ。』

ヨジュはキャリーケースの持ち手をつかんだ。

ヨジュ「……ちょっと行ってきます。」

玄関のドアが開いた。

閉まりかけた、その瞬間。

ソンホは本能的に彼女の手首をつかんだ。

ソンホ「……行かないでください。」

低く震える声。

初めて聞く切実さだった。

ヨジュはゆっくり振り返った。

ソンホの手には、彼女のために買った小さなケーキの箱が握られていた。

その姿を見たスユンの目元が赤くなった。

だが彼女は慎重に、彼の手を外した。

ヨジュ「……ごめんなさい。」

ドアが閉まった。

カチッ。

家の中は一瞬で静かになった。

ソンホは長いこと玄関の前に、そのまま立っていた。

手にはまだケーキの箱があった。

彼はゆっくりと箱を見下ろした。

そして、初めて。

自分の遅すぎた言葉を後悔し始めた。

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