翌朝の午前。
SHグループ本社 代表室。
キム室長は厚い書類ファイルを一つ、ソンホの前に置いた。
キム室長 「昨日お話しされた方の調査結果です。」
ソンホはコーヒーをひと口飲んでから、書類をめくった。
名前:キム・ヨジュ、25歳。
契約職デザイナー。
現在、契約終了予定。
父親は心臓疾患で入院中。
手術が急がれるが、入院費が足りない状況。
借金も少なくなかった。
ソンホは最後のページまでゆっくり目を通した。
キム室長 「さらに調べたところ、評判もいいです。周囲でも、真面目だという評価が大半でした。」
「...」
「ただ、今の状況はかなり厳しいです。」
ソンホは書類を閉じた。
しばらく考え込んだ彼は、短く言った。
ソンホ 「...会いましょう。」
キム室長は驚いた表情を隠せなかった。
「ご本人でですか?」
ソンホ 「はい。」
同じ頃。
ヨジュは病院代を工面するため、一日中履歴書を送っていた。
すでに十三回目。
だが返ってくる答えは、どれも同じだった。
『経験者を優遇します。』
『採用は終了しました。』
『申し訳ありません。』
携帯を置いたソユンは、深いため息をついた。
そのとき、見知らぬ番号から電話がかかってきた。
ヨジュ "...もしもし?"
キム室長 「キム・ヨジュさんでお間違いありませんか?」
「はい。」
「SHグループ代表取締役のパク・ソンホ代表が、少しお会いしたいとおっしゃっています。」
「...え?」
ヨジュは一瞬、自分の耳を疑った。
「もしかして、いたずら電話ですか?」
キム室長「違います。」
ヨジュ「私が... SHグループの代表に、なぜ?」
キム室長「直接お会いになれば説明します。」
一時間後。
ソウル・江南の静かなホテルラウンジ。
ヨジュはひどく緊張した顔で入ってきた。
窓際の席には、黒いスーツを着た男が座っていた。
昨日、ホテルでぶつかったまさにその人。
ソンホだった。
彼は席を立つこともせず、落ち着いた声で言った。
ソンホ 「お座りください。」
ヨジュは慎重に向かい側へ座った。
しばらく気まずい沈黙が流れた。
やがてヨジュが先に口を開いた。
ヨジュ "...何の用で私を呼ばれたんですか?"
ソンホは回りくどい言い方をしなかった。
彼らしく、早々に本題に入った。
ソンホ 「キム・ヨジュさん。」
ヨジュ「...はい。」
ソンホ「契約結婚に興味はありますか?」
「...?」
ヨジュの頭が真っ白になった。
ヨジュ「...すみませんけど...」
「...聞き間違いですよね?」
ソンホ 「いいえ。」
「...」
「契約結婚を提案しているんです。」
数秒の間、ヨジュは何も言えなかった。
これは現実なのか。
ドッキリカメラなのか。
いろんな考えがよぎっては消えた。
ヨジュ "...なぜ私なんですか?"
ソンホは彼女をまっすぐ見つめた。
ソンホ 「私は1年以内に必ず結婚しなければなりません。」
「...」
「キム・ヨジュさんはお金が必要でしょう。」
「...」
「互いに必要なものを得ようということです。」
あまりにも淡々とした言い方だった。
まるで重要な契約書を説明するみたいに。
ソンホは用意してきた封筒を彼女の前へ押しやった。
中には契約書と、金額の書かれた書類が入っていた。
契約金10億ウォン。
そして、病院費全額支援。
生活費支給。
別途、慰謝料保証。
ヨジュの指先が震えた。
「...10億?」
ソンホ 「足りなければ調整可能です。」
「...」
「条件は単純です。」
ソンホは契約書をめくりながら、落ち着いて読み上げた。
ソンホ 「結婚期間は1年。」
「公の場では普通の夫婦のように振る舞う。」
「私生活は互いに尊重する。」
「必要のないスキンシップはしない。」
「1年後に合意離婚。」
「...」
「離婚後も秘密は守る。」
ヨジュは契約書を見つめたまま、ゆっくり顔を上げた。
ヨジュ "...代表様。"
ソンホ「はい。」
ヨジュ「こんな条件なら... 他の人でも多かったはずですけど。」
ソンホは少し考えてから、率直に言った。
ソンホ 「その通りです。」
「...」
「ですが、私は人を信じていません。」
「...」
「金目当てで近づく人は、なおさらです。」
ヨジュの表情が少しこわばった。
その言葉に気づいたソンホは、すぐに付け加えた。
ソンホ 「キム・ヨジュさんを信じるという意味ではありません。」
「...」
「ただ、調べてみたところ、少なくとも嘘をつく人ではなさそうでした。」
ヨジュは思わず、ふっと笑いが漏れた。
本当に変な人だった。
いいことを言うようでいて、最後には必ず空気を壊す。
しばらく沈黙が続いた。
窓の外には夕焼けが広がっていた。
ヨジュは契約書を見つめた。
父親。
病院代。
消えた職場。
そして、これからの現実。
彼女はゆっくり目を閉じて、また開いた。
ヨジュ "...少し考える時間をいただけませんか?"
ソンホはうなずいた。
ソンホ 「もちろんです。」
「...」
「ですが、長くは差し上げられません。」
彼は席を立ちながら、最後に一言残した。
ソンホ 「キム・ヨジュさん。」
ヨジュも顔を上げた。
ソンホ 「私は結婚相手を探しているわけではありません。」
「...」
「同じ目標を持つ契約相手を探しているんです。」
そう言い残し、ソンホは静かにラウンジを後にした。
ひとり残されたヨジュは、契約書を胸に抱えたまま、しばらく動けなかった。
彼女の選択ひとつが、これからの1年の人生を完全に変えてしまうかもしれなかった。
