1年間、私の妻になってください。

EP.9

イベントが終わってから三日。

契約結婚生活も、いつの間にか十日を超えていた。

朝は一緒に食事をし、夜は同じ家に帰った。

それでも、それぞれ自分の部屋を使い、互いのプライバシーは尊重していた。

けれど、最初とは変わったことが一つあった。

二人の間は、もう不自然ではなかった。


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朝7時。

キッチンでは、コーヒーの香りがほのかに広がっていた。

成浩はエプロンをつけたまま卵を焼いていて、ヨジュは眠そうな目で食卓に座っていた。

ヨジュ「……おはようございます。」

成浩「おはようございます。」

しばらくして、皿が食卓の上に置かれた。

トーストとスクランブルエッグ、サラダ。

ヨジュは一口食べた途端、目を丸くした。

ヨジュ「代表님。」

成浩「……はい。」

ヨジュ「留学中、料理教室に通ってたんですか?」

成浩「……いいえ。」

ヨジュ「でも、どうしてこんなに上手なんですか?」

成浩は少し考えてから答えた。

成浩「一人で長く暮らしていると、自然と上達します。」

その言葉に、ヨジュはなんだか胸が妙になった。

『一人で長く……』

その一言が、妙に寂しく聞こえた。


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午後。

ヨジュは病院で父に会っていた。

手術の日程は来週に確定した。

入院費はすでにSHグループ医療財団が負担してくれていた。

父「ヨジュや。」

ヨジュ「ん?」

父「婿はちゃんとしてくれてるか?」

一瞬、ヨジュは水を飲んでむせた。

ヨジュ「げほっ! げほっ!」

父「どうした?」

ヨジュ「……何でもないよ。」

父は微笑んだ。

「顔色がよくなったな。」

「……」

「いい人に出会えたみたいで、よかった。」

その言葉を聞いたヨジュは、何も言えなかった。

『いい人……』

契約で会った相手なのに。

なぜか胸の片隅が、ちくりと痛んだ。


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病院を出るころ。

空はいつの間にか、暗い雲に覆われていた。

やがて、太い雨粒が落ち始めた。

ざあああ...

突然の土砂降り。

傘のなかったヨジュは、病院の入口のひさしの下で、足をもじもじさせた。

「大変だ……」

バスに乗るには、かなり歩かなければならない。

その時。

黒いセダンが一台、病院の前に止まった。

後部座席の窓がゆっくり下がった。

中には見慣れた顔があった。

成浩「……キム・ヨジュさん。」

ヨジュはびっくりした。

ヨジュ「代表님?」

成浩「乗ってください。」

ヨジュ「……どうしてここに……」

成浩「キム室長から病院だと聞きました。」

「……」

「雨がかなり降っています。」

短い説明だった。

ヨジュはすぐ車に乗り込んだ。

ドアが閉まると、雨音が遠のいた。


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車内。

二人は並んで座っていた。

ワイパーが規則的に動き、雨水を押し流していく。

しばらくして。

成浩が横を見た。

ヨジュの肩が濡れていた。

彼は何も言わず、後部座席に置かれていたブランケットを取って彼女に渡した。

成浩「……かけてください。」

ヨジュ「大丈夫ですけど……」

成浩「風邪をひきます。」

ヨジュは静かにブランケットを受け取った。

温かい柔軟剤の香りがほのかに漂った。

「ありがとうございます。」

成浩は何も言わず、窓の外を見ていた。


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信号待ちで車が止まった。

その時、ヨジュの携帯が鳴った。

見知らぬ番号だった。

電話に出たヨジュの顔が、一瞬でこわばった。

「……はい?」

「……今ですか?」

「……わかりました。」

電話を切った彼女は、深いため息をついた。

成浩が静かに尋ねた。

成浩「……何かありましたか?」

ヨジュ「何でもないです……」

「……」

「昔借りたお金があるんですけど、債権者の方が急に今日までに返せって……」

成浩はしばらく彼女を見ていた。

ヨジュは無理に笑ってみせた。

「大丈夫です。」

「……」

「どうにかして解決してみます。」

けれど、震える声はとても大丈夫そうには聞こえなかった。

成浩はそれ以上聞かなかった。


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家に着いたあと。

ヨジュは部屋に入って、しばらく計算機を叩いていた。

どう計算しても、方法は出てこなかった。

その時。

トントン。

ノックの音がした。

ドアを開けると、成浩が立っていた。

彼の手には白い封筒が一つ握られていた。

成浩「……受け取ってください。」

ヨジュが不思議そうな顔をすると、成浩は淡々と言った。

「債務は今日のうちに片付けた方がいいです。」

ヨジュ「……!」

「あ……どうやって……」

ヨジュはあわてて手を振った。

ヨジュ「だめです。」

「……」

「病院代だけでも十分ありがたいのに。」

「これは私が……」

成浩は静かに彼女の言葉を遮った。

成浩「キム・ヨジュさん。」

「……」

「私たちは夫婦です。」

「……」

「契約期間中に、配偶者が金銭問題で困るのは、私にとっても損です。」

最後までビジネス的な理由を口にした。

でも、ヨジュにはわかっていた。

この人は。

確かに自分を心配している。

口に出せないだけで。

少し迷った彼女は、結局その封筒を受け取った。

目の奥が少し熱くなった。

ヨジュ「……早く返します。」

成浩はほんの少し首を振った。

成浩「ゆっくり。」

そう言い残して去ろうとした瞬間。

ヨジュは彼の背中に向かって言った。

ヨジュ「……代表님。」

成浩が足を止めた。

ヨジュ「……本当にありがとうございます。」

少しの沈黙。

そして、すごく低い声が聞こえた。

成浩「……どういたしまして。」

部屋に戻った成浩はドアを閉め、しばらく取っ手を握ったまま立っていた。

おかしかった。

確かに、契約なだけなのに。

どうして彼女が泣きそうな顔をすると、気になってしまうのか。

その理由を、まだ彼は説明できなかった。

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