MT当日。
朝から学科のグループチャットは騒がしかった。
『バスは9時出発です。』
『遅れたら置いていきます。』
私はバックパック一つだけ背負って学校のほうへ向かった。
学生会館の前には、もう人が三々五々集まっていた。
「ヨジュ!」
スジンが手を振った。
「遅れた?」
「遅れてないってば。」
友達たちと話しながらバスを待っていると、遠くからウォンビンが歩いてくるのが見えた。
黒いフーディーにバックパック一つ。
周りをきょろきょろ見回しながらぎこちなく立っている姿は、まるで初めて学校に来た日のようだった。
「ウォンビン。」
私が先に近づくと、ウォンビンの表情が少し和らいだ。
「……ヌナ。」
「よく来たね。」
「……はい。」
「緊張した?」
「……少し。」
「また少し?」
「……かなり。」
私は笑いをこらえきれなかった。
「ほんと正直だね。」
ウォンビンもつられて笑いそうになって、耳だけ赤くなった。
「今日は逃げちゃだめだよ?」
「……はい。」
「みんなとも少しは仲良くして。」
「わかりました。」
「返事だけしないで。」
「……頑張ってみます。」
その言葉が妙に健気で、私はウォンビンの肩を軽く叩いた。
「えらいえらい。」
その短い褒め言葉にも、ウォンビンの耳はまた赤くなった。
*
MTの会場に着いた途端、てんやわんやだった。
荷物をほどいて、班ごとに座って、レクリエーションの準備まで。
みんなすぐ打ち解ける雰囲気だった。
ウォンビンも最初は隅にばかり立っていたけれど、班ごとのゲームをしながら少しずつ口を開き始めた。
「パク・ウォンビン、思ったより面白いね。」
「そう?」
「しゃべればちゃんといけるんだけど。」
友達たちが笑うと、ウォンビンは照れくさそうに頭をかいた。
私は遠くからその様子を見て、一人ほほえましかった。
『よかった。』
『もう慣れてきたみたいだね。』
*
午後のレクリエーション。
班ごとのミッションで外に出ておやつを買ってくるゲームが始まった。
うちの班の代表はミンソクと私。
「行ってくるね!」
コンビニまで歩いていくと、ミンソクがくすっと笑った。
「なあ。」
「なに。」
「お前、相棒の後輩。」
「……ウォンビン?」
「うん。」
「思ったより可愛かった。」
私は笑った。
「もともと可愛いの。」
「可愛いのはさておき。」
ミンソクが冗談っぽく私の横をぽんと叩いた。
「お前のこと、めちゃくちゃ懐いてたじゃん。」
「人見知りが激しいからだよ。」
「いや。」
「お前にだけああいう感じなんじゃない?」
「えー。」
私はすぐに手を振った。
「あの子、いつもああだよ。」
「お前だけそう思ってるんじゃないの?」
「違うってば。」
ミンソクはそれ以上何も言わなかった。
代わりにコンビニで飲み物を選びながら、ふと聞いてきた。
「でもさ。」
「ん?」
「お前、なんで彼氏作らないんだ?」
「……急に?」
「可愛いのに。」
「合コンにも行かないし。」
私は飲み物を手に取りながら肩をすくめた。
「面倒くさい。」
「全部言い訳だろ。」
「ほんとだって。」
「理想が高すぎるんじゃないの?」
私は少し考えた。
「さあ。」
「確かなのはある。」
「なに?」
「私より年上がいい。」
ミンソクが笑った。
「へえ。」
「なんで。」
「意外だから。」
「なんで意外なの。」
「年下が好きだと思ってた。」
私は首を振った。
「私は、誰かにちゃんと世話してほしいの。」
「頼りになる人がいいっていうか。」
「寄りかかれる人。」
ミンソクはくすっと笑った。
「合コンでも一つ組んでやろうか?」
「いい。」
「ほんとにすごくいい先輩いるんだけど。」
「行かないってば。」
「一回だけ見てみろよ。」
「実はその先輩、お前を紹介してほしいって。」
「やだ。」
「おい。」
「もういい。」
私は笑いながら先に歩いていった。
*
[ウォンビン視点]
その時。
コンビニの向かいの自販機の前。
水を買いに出てきたウォンビンは、偶然二人の会話を聞いてしまった。
最初からわざと聞こうとしたわけじゃない。
ミンソク先輩の声が聞き慣れていて、ただそちらを振り向いただけだった。
「……私より年上がいい。」
「……私のことをちゃんと世話してくれる人がいいんだよね。」
ウォンビンの手の中のペットボトルが少しへこんだ。
「……」
その言葉のあと、ヨジュとミンソクはまた宿舎のほうへ歩いていった。
ウォンビンはしばらくそこに立ったままだった。
年上。
自分の世話をしてくれる人。
正反対だった。
自分は一つ年下で。
むしろヌナが自分の面倒を見てくれていた。
ふいに、この数週間が頭の中をよぎった。
『可愛いね。』
『うちのウォンビン、ずいぶん大きくなったね。』
『ばか。』
ヨジュが言ってくれた言葉が、一つずつ思い浮かんだ。
『……やっぱり。』
独り言みたいに、笑いが漏れた。
苦笑だった。
そもそも。
始まる前から終わってたんだな。
ウォンビンはゆっくりと頭を下げたまま、宿舎へ戻った。
何事もなかった人みたいに。
何でもない顔をして。
