ソウルの雨は故郷で降っていた雨とは違っていた。
ミョン・ジェヒョンは窓に当たる雨音を聞きながらため息をついた。
「なんでよりによって今日...」
朝から天気予報には確かに晴れと書かれていた。
だから傘を持ってこなかった。
問題は、午後の授業が終わる頃に突然雨が降り出したことだった。
「このくらいなら、もう濡れて帰ってもいいかな。」
ミョン・ジェヒョンは建物の入口に立って空を見上げた。
学生たちは一人、また一人と傘を開き、キャンパスを出ていった。
誰かは友だちと傘を分け合い。
誰かは恋人と一緒に歩いていく。
その光景を見ていたミョン・ジェヒョンは、わけもなく寂しくなった。
ソウルに上京してきて一か月。
友だちもできて、学校にも慣れた。
それでも、こういう瞬間にはまだ一人なんだと思ってしまう。
「ミョン・ジェヒョン。」

聞き慣れた声に振り向いた。
テサンだった。
「え?」
「なんで行かない。」
「雨降ってるじゃん。」
「だから。」
「傘ないから。」
テサンは黙って、自分の手に持った傘を見せた。
ミョン・ジェヒョンは目を大きくした。
「お前、傘あったの?」
「あるから持ってるんだろ。」
「いや、お前みたいな人が傘を持ってるなんて意外で。」
「俺みたいな人って何だ。」
「いつも計画的に生きてる人。」
テサンはため息をついた。
「一緒に行け。」
ミョン・ジェヒョンは少し戸惑った。
「一緒に?」
「寮に帰る道だろ。」
「あ...」
なんだか心臓が少し速くなった。
もちろん、何の意味もない言葉だ。
同じ寮。
同じ部屋。
一緒に行くのは当然のこと。
それでも妙にうれしかった。
「ありがとう。」
「濡れたくないだけだ。」
「それでも。」
傘ひとつは思ったより狭かった。
ミョン・ジェヒョンはできるだけテサンに寄りすぎないようにしたが、雨粒はずっと肩に落ちてきた。
「お前、濡れてる。」
テサンが言った。
「大丈夫。」
「大丈夫じゃないけど。」
「お前だって濡れてるじゃん。」
「俺は大丈夫。」
「なんで?」
テサンはしばらく答えなかった。
それから傘をミョン・ジェヒョンのほうへもう少し傾けた。
「お前が風邪ひくとうるさくなる。」
ミョン・ジェヒョンは笑いをこらえきれなかった。
「それが心配してる口調?」
「違う。」
「そうだけど?」
「違うって。」
「テサン。」
「何。」
「お前、意外と優しいな。」
その言葉にテサンの歩みがほんの少しだけ遅くなった。
「勘違い。」
「違うけど。」
「勘違いだ。」
ミョン・ジェヒョンは笑った。
最初は冷たくて怖い人だと思った。
でも、知れば知るほど違った。
言葉はいつも冷たいのに。
行動はずっと逆だった。
寮に着いたとき。
ミョン・ジェヒョンは袖を払って言った。
「あ、そうだ。」
「何。」
「お前、なんで今日傘持ってきたの?」
テサンは靴を脱ぎながら答えた。
「雨が降るって言ってたから。」
「天気確認するの?」
「うん。」
「ほんと計画人間だな。」
ミョン・ジェヒョンは感心して笑った。
それから急に思い出したみたいに言った。
「でも俺、今朝傘持ってこなかったの、どうしてわかった?」
テサンの動きが止まった。
「...」
「テサン?」
「お前が。」
「俺が?」
「昨日、天気予報を見ながら明日は雨が降らないって喜んでたろ。」
ミョン・ジェヒョンは瞬きをした。
「それ、覚えてたの?」
「同じ部屋だから聞こえただけだ。」
「それでも。」
テサンは何でもないというように机に座った。
「お前がそういうのをよく忘れるのも知ってるし。」
「何を?」
「充電器。」
「...」
「学生証。」
「...」
「寮のカード。」
ミョン・ジェヒョンは口をつぐんだ。
「お前、俺のこと観察してるの?」
「いや。」
「でも全部知ってるじゃん。」
テサンは答えなかった。
ミョン・ジェヒョンは、なんだか笑いがこみ上げた。
その夜。
ミョン・ジェヒョンはベッドに横になってスマホを見ていたが、写真アルバムを開いた。
数日前にテサンが撮ってくれた写真。
キャンパスの夕焼けの下で笑っている自分の姿。
写真をしばらく見つめていたミョン・ジェヒョンは、ひとりごとを言った。
「テサンって変だ。」
最初は居心地が悪かった。
口数も少なく、表情もなく。
一体何を考えているのかまったくわからない人。
でも。
いつからか。
自分がソウルでつらくならないように、真っ先に気にかけてくれる人になっていた。
そのとき隣のベッドから声がした。
「寝ないの?」
「え?」
「電気消せ。」
「あ、ごめん。」
ミョン・ジェヒョンはあわててスマホを下ろした。
しばらくして。
暗闇の中でテサンの声がもう一度聞こえた。

「ジェヒョン。」
初めてだった。
テサンが名前を呼んだのは。
ミョン・ジェヒョンは目を大きくした。
「ん?」
「...いや。」
「何だよ。」
「別に。」
「なんだそれ。」
テサンはそれ以上何も言わなかった。
でもミョン・ジェヒョンは、なぜか笑いがこみ上げた。
初めて会ったときは、名前すら短くしか言わなかった人だった。
そんな人が、今は自分の名前を呼んでくれた。
ほんの小さな変化だったけれど。
ミョン・ジェヒョンにはかなり大きな変化だった。
見知らぬソウル。
見知らぬ学校。
そして見知らぬルームメイト。
そのすべてが少しずつ馴染んできていた。
