大学生活は思ったよりずっと忙しかった。
名在鉉は毎朝、新しい人に会い、授業を受け、サークルの宣伝ブースを見て回っているうちに、一日がどう過ぎたのかもわからなかった。
一方でテサンの一日はいつも同じだった。
授業。
課題。
図書館。
そして寮。
「お前、本当に面白くない生き方してるな。」

ある日の夕方、部屋に戻った名在鉉はベッドにどさっと倒れ込みながら言った。
机の前でコーディングの課題をしていたテサンが顔を上げた。
「何が。」
「いつも同じじゃん。」
「やるべきことがあるから。」
「大学生なら、ちょっとは遊びも必要だろ。」
「お前は遊びすぎ。」
「それが大学生活だろ。」
名在鉉は笑いながらテサンの机の横を通り過ぎた。
それから机の上に積まれた専攻の本を見て目を丸くした。
「わあ...」
「何。」
「これ、全部読むのか?」
テサンは画面から視線を外さなかった。
「うん。」
「ほんと、すごいな。」
いつもみたいに冗談っぽく言おうとした名在鉉は、ふと止まった。
テサンの机の上には隙間がなかった。
授業資料、ノート、課題ファイル。
何もかも完璧に整理されていた。
自分とは正反対だった。
「お前、もともとこんなに真面目だったのか?」
「何が。」
「勉強。」
しばらく沈黙したあと、テサンが答えた。
「やらなきゃいけないから。」
短い言葉。
でも不思議と、名在鉉にはその中にたくさんの話が詰まっている気がした。
数日後。
名在鉉は美大の課題でてんてこ舞いだった。
「ああ...」
カメラを持ってキャンパスのあちこちを回り、写真を撮ったが、気に入る結果が出なかった。
「終わった。」
締め切りは明日。
教授が求めていたのは、ただ綺麗な写真ではなく、「人が写った写真」だった。
だが名在鉉にはそれが難しかった。
人が好きな自分が、肝心の人をちゃんと写し取れずにいた。
日が沈み始めるころ。
名在鉉はキャンパスのベンチに座ってため息をついた。
「何を撮ればいいんだ...」
そのとき。
カシャ。
聞き慣れたカメラのシャッター音がした。
顔を上げると、テサンが立っていた。
「お前、ここで何してるの?」
名在鉉が驚いて聞いた。
「通りがかり。」
「工学部がここまで通る用事あるの?」
テサンは答えなかった。
名在鉉はテサンの手にあるノートPCのバッグを見た。

「まさか、俺を探しに来たわけじゃないよな?」
「...」
「図星か?」
「違う。」
「でも、なんで。」
テサンは少し考えてから言った。
「部屋にお前の財布を置いてきた。」
名在鉉はポケットを確かめた。
「え?」
本当になかった。
「危なかった。」
「だから、物はちゃんと持てって。」
「毎日小言ばっかり。」
「毎日なくすから。」
名在鉉は文句を言いながらも笑った。
それからテサンのカメラに気づいた。

「でも、お前写真撮ったのか?」
「いや。」
「さっきシャッター音したけど?」
テサンはしばらく黙った。
「ただ。」
「何を撮ったんだよ?」
名在鉉がカメラを見ようと近づくと、テサンは少し身を引いた。
「見なくていい。」
「なんで?」
「大したことじゃない。」
その反応が、かえって気になった。
「見せて。」
「いやだ。」
「ルームメイト同士に秘密なんてあるか。」
「ある。」
「あるのか?」
名在鉉は笑いながらテサンを見た。
冷たいだけの人だと思っていた。
けれど時々、こうして予想外の一面を見せる。
結局テサンはため息をついてカメラを差し出した。
「一枚だけ。」
名在鉉が画面を確認した。
写真にはキャンパスの風景が写っていた。
夕焼けのグラウンド。
笑いながら通り過ぎていく学生たちの姿。
そして...
写真の真ん中には、自分がいた。
カメラを持って笑っている自分の姿。
名在鉉は一瞬、言葉を失った。
「これ...」
「消してもいい。」
「いや。」
名在鉉はもう一度画面を見た。
「なんで俺を撮ったんだ?」
テサンは視線をそらした。
「ただ。」
「テサン。」
「...」
「お前、思ったより写真うまいな。」
その言葉に、テサンの表情がほんの少しだけ和らいだ。
「当たり前だ。」
「なんだよ。褒めたら即受け取るのか?」
「事実だから。」
名在鉉は吹き出した。
初めてだった。
テサンが冗談みたいに感じられた瞬間。
その夜。
名在鉉は課題を終えてベッドに横になった。
隣のベッドでは、テサンが静かに本を読んでいた。
「テサン。」
「何。」
「お前、友達いないの?」
「...」
「いや、気になっただけ。」
「いる。」
「ほんと?」
「うん。」
「何人?」
テサンは少し考えた。
「...一人。」
名在鉉はくすっと笑った。
「その一人、俺じゃないよな?」
「...」
「まだ、か。」
テサンはページをめくりながら言った。
「うるさい。」
でも名在鉉にはわかった。
初めて会ったときとは違っているということが。
テサンは相変わらず無愛想で。
名在鉉は相変わらず落ち着きがなかった。
それでも、いつの間にか。
同じ部屋にある沈黙は苦ではなくなっていた。
見知らぬソウルで出会った、いちばん変な人。
そして、もしかするといちばん気楽な人。
二人の距離は少しずつ近づいていた。
