[태山憑依文] 3つ目の結末

第14話。一緒に数える数字

翌朝、エレベーターの前にはドンミンが先に来ていた。

手にはマグカップが二つ。

 

「……これ。」

 

差し出されたマグを見て、しばらくぼんやりした。

数週間前、同じ形で差し出された手を彼が引っ込めた日のことが思い浮かんだ。

 

「……今回は引っ込めないんですね。」

「あのときは引っ込めたほうがいいと思ったから引っ込めただけで、今はそうする理由がないでしょう。」

 

ドンミンが短く笑い、マグを握らせた。

指先が触れた。

昔ならそこで止まっていたはずの手が、今回は自然に指を絡めた。

 

「……会社の前なんだけど。」

「わかってます。でも手は離しません。」

 

エレベーターのドアが開いた。

二人並んで乗り、4階の数字を見上げた。

誰も口を開かなかったのに、以前のあの重い沈黙とはまるで違っていた。

指先で触れ合うぬくもりが、その違いを語っていた。

 

「……昨日、たくさん泣いて目が腫れてます。」

「……目立ちますか?」

「少し。でもきれいです。」

 

顔が熱くなった。

チン、という音とともにドアが開いた。

手を離したくなくて、わざと一歩遅れて降りた。

 

 

 

*

 

 

 

退勤時間を過ぎた資料室に、三人が初めて一緒に集まった。

 

ヨジュ、ドンミン、ウナク。

 

ウナクが先にぎこちなく笑った。

 

「……こうして三人で座ったの、初めてですね。」

「そうですね。」

 

ドンミンはウナクをまっすぐ見られなかった。

ここ数日、彼を誤解していたことがまだ引っかかっている様子だった。

 

「……あのとき資料室で見たの、実は誤解でした。ごめんなさい。」

 

「ああ、あれですか。大丈夫ですよ。僕もあのとき兄さんの顔を見て、ちょっとおかしくて笑っちゃいました。嫉妬した顔って、あんなにわかりやすいとは思いませんでした。」

「……おい。」

「兄さんがあんな顔するの、僕初めて見ました。いつもは何を聞いても無表情でしょう。」

 

ウナクが冗談っぽく笑うと、ドンミンの顔が少し赤くなった。

この数日の尖った嫉妬と、今のぎこちない謝罪がひとりの顔に重なって見えるのが、妙にほっとした。

 

「……それより、もう三人で一緒に行くってことでいいんですよね?」

 

ウナクが空気を変えるように尋ねた。

 

「はい。そうです。」

「よかったです。僕だけが、しょっちゅう兄さんの後ろでこそこそ動いてるみたいで。」

 

 

 

*

 

 

 

役割を分け直していた。

ウナクが先頭に立って、BND内部の決裁ラインを、前みたいに顔色をうかがわず、もっと真正面から掘り進めると言った。

 

「……こんなふうに全面に出たら、危ないってわかってますよね。」

 

ヨジュが心配そうにたずねた。

 

「わかってます。でもどうせ向こうの目はもう僕に向いてます。いっそ僕がもっと目立つように動けば、お二人は少し楽になるはずです。」

「……なんでウナクさんだけが背負う話になるんですか。」

「僕とヨジュさんは付き合ってるわけでもないし、いつも一緒にいるわけでもないでしょう。向こうから見ても怪しいのは僕ひとりで、ヨジュさんまで巻き込んで見る理由はないです。」

 

間違ってはいなかった。

けれど、その言葉に胸がどすんと落ちた。

 

二度目の人生では真逆だった。

ドンミンのそばにいるだけで、隠していた自分まで一緒に引っかかった。

あのときは二人がくっついていたせいで、私までばれて、いつも一緒に死んだ。

 

「……それ、ウナクさんひとりに全部かぶせるってことじゃないですか。」

 

「かぶるんじゃなくて、今は僕が一番安全な選択をしてるんです。」

「安全どころか危ないじゃないですか! ソンホ室長のところは、仕事がこじれたらどこまでやるかわからない。ラインごと消すかもしれないんです。口座も、書類も、人まで。ウナクさんが一番先にその場に立つことになるんですよ。」

 

声が鋭くなった。

ウナクはしばらく黙っていた。

 

「……もうやめましょう。これからはウナクさんは少し引いてください。そのライン、僕がもっと見ます。」

「……ヨジュさんが?」

「私にもできます。ウナクさんひとりにだけ全部押しつけたくないんです。」

 

そこでドンミンが口を挟んだ。

 

「じゃあ、僕もそっちを少し手伝います。」

「……ドンミンさんはだめです。」

「なんでですか。僕も一緒に行くって何度言ったらわかるんですか。なんで僕だけ外すんです。」

「部長がもうドンミンさんを見ています。これ以上入ったら、ドンミンさんが真っ先に引っかかります。」

 

「じゃあヨジュさんは引っかからないんですか?」

「私はもともとその会社の取引先担当だから、見られても不自然じゃないです。ドンミンさんは違います。」

「……それでも、こうやって全部ひとりで背負おうとするの、やめろって何度言えばわかるんです。」

 

二人とも引かずに言葉を交わした。

その間でウナクがため息をついた。

 

「……兄さんとヨジュさん、また同じことで言い争ってますね。」

 

その通りだった。

役割を分けようと集まったはずなのに、実際には互いに危ない役を自分が引き受けると言い争っている形になっていた。

 

 

 

*

 

 

 

翌日、その言い争いの末に残っていた不安が現実になった。

昼休み、部長がドンミンを別室に呼んだ。戻ってきたドンミンの顔はいつもより固かった。

 

「……何を言われたんですか?」

「……役員級の決裁ラインに、なんで興味があるのかって、何気なく聞かれました。僕も何気なくごまかしましたけど。」

「……それで終わりだったんですか?」

「そうみたいです。けど。」

 

ドンミンが少し言葉を引いた。

 

「その質問が僕のところまで降りてきたってこと自体、誰かがもう気にしてるってことです。部長が直接聞くくらいなら、その上から先に話が降りてきたのかもしれません。」

 

心臓が沈んだ。ドンミンの小さな質問ひとつが、もうどこかで報告されていた。

 

「……もう掘るのやめませんか? 私のせいでドンミンさんまで。」

「その話またするなら、僕ほんとに傷つきます。僕ももう一緒に行くって、何度言ったらわかるんですか。」

 

きっぱりした口調だった。

昔は押し返していたのはあの人だったのに、今は完全に逆だった。

その逆が、かえって不安だった。

 

 

 

*

 

 

 

帰り道、ドンミンが家まで送ると言ってついてきた。

 

「……ここからは私ひとりで行っても大丈夫なんだけど。」

 

「わかってます。でも一緒に行きたくて。」

 

大通りを外れて細い路地に入ると、ドンミンがそっと手を握った。

 

「……怖くないですか? 最近こういうの。」

「怖いです。でもドンミンさんの手を握ってると、少しはましです。」

「……その言葉、責任持ってください。これからずっと握ることになるんですから。」

 

ヨジュが小さく笑った。

 

家の前の路地の街灯の下まで来ると、ドンミンは足を止めて振り返った。

 

「……十日後、全部終わったら。」

「……はい。」

「その次の日は何もなければいいです。ただ普通に、一緒にご飯食べたり、そんな日だったら。」

 

ささやかな願いだった。

二度の人生で一度も持てなかった普通だった。

その言葉に、目の縁が熱くなった。

 

「……私もそうしたいです。」

 

ドンミンは額を寄せてきて、軽く口づけして離れた。

 

「……入ってください。ドアの鍵を閉める音を聞いてから帰ります。」

 

 

 

*

 

 

 

夜、家に戻ってカレンダーを見た。

 

2週間だった数字は、もう10日まで減っていた。

もうひとりで数えていた数字じゃなかった。

 

守るとひとりで抱え込んでいた誓いはひとつ壊れたけれど、その代わり数える人は三人に増えた。

 

窓の外、路地の端でまだ去らずに立っているドンミンの影が見えた。

ドアを閉める音を聞いてから帰ると言った言葉を、本当に守っていた。

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