最後の記憶は彼の手だった。
橋の上だった。夜で、車はあまりにも速く走っていた。
助手席で私はラジオの音量を下げながら尋ねた。
「でも、今日なんでこんなに静かなの?」
「別に。」
ドンミンは短く答えて前だけを見ていた。いつもと変わらない反応だったので、私は特に気にせず窓の外を見た。
「……ブレーキが効かない。」
ドンミンが低く言った。私は一瞬、それが冗談だと思った。
「え? 今そんな冗談を……。」
「手すりを掴め。」
冗談ではなかった。彼の足は何度もブレーキを踏んでいたが、車は速度を落とさなかった。前方の橋の欄干がどんどん大きくなっていった。
「……この車、ソンホ室長が割り当てたやつなんだけど。」
ドンミンが独り言のように呟いた。そのときは、その名前が何を意味するのか知らなかった。
ドンミンは片手でハンドルを掴んだまま、もう片方の腕で私の頭を抱え込んだ。
「目を閉じろ。」
「ドンミン、私たち……。」
「大丈夫だ。」
大丈夫だと言う人の顔が、いちばん大丈夫じゃなかった。笑おうとしていたのに、目は少しも笑っていなかった。
それが、私が見た彼の最後の顔だった。
轟音がした。ガラスが砕けた。手首がハンドルのどこかにぶつかり、時計のガラスにぱきっとひびが入った。そのあとは何もなかった。
*
息が、ひゅっと弾けた。
水に落ちて、やっと上がってきた人みたいに私は大きく息を吸い込んだ。
蛍光灯、ステンレスの壁、数字の4が点滅する表示板。
エレベーターの中だった。そしてすぐ隣に、ドンミンが立っていた。
黒いジャンパー、くしゃくしゃの髪、寝ぼけた顔。怪我ひとつない、何ともない顔だった。
息が止まった。
'…私、死んだんじゃなかったの?'
ついさっきまで、確かにあの人と一緒に車の中にいた。ブレーキは効かなくて、彼が私の頭を抱えて、轟音がして、そのあとは何もなかった。
なのにその手が今、何事もなかったみたいに私の隣に無事にあった。
私は我を忘れて彼の腕を掴んだ。
「ドンミン! あなた大丈夫? どこも怪我してない?」
彼は驚いた顔で腕をそっと引っ込めた。
「…え? どうしたんですか、急に。」
敬語だった。
その口調に、一気に我に返った。ついさっきまで私を抱きかかえるように守っていた人が、今は見知らぬ人を見るみたいに慎重に私を押しのけていた。
「…すみません。いえ、なんでも……。」
私は慌てて腕を離し、一歩下がった。
手首でカチッと音がした。父が残した古い腕時計だった。十年止まっていた秒針がカチンと一目盛りだけ動いて、また止まった。
チン。
ドアが開いた。
「…降りないんですか?」
ドンミンが開ボタンを押したまま先に降りようとして、振り返って尋ねた。さっき私を妙な目で見ていた顔はもう消え、元の無表情な顔に戻っていた。
'なんだ、今の。'
私はうつむいて彼を追い越し、廊下に出た。
*
4階の廊下は静かだった。左はうちの会計事務所、右のガラス扉には『BND 리서치』と貼られていた。債権調査会社だということ以外、何も知らなかった。
何となく彼の手を見た。
手の甲にひっかき傷があった。2本、斜めに。
'…あ、これ知ってる。'
その瞬間、彼が私の視線に気づいて、手を背中に隠した。
やっぱり、そうなると思った。正確には、その行動が出る前に、もう頭の中にあった。
「手……。」
「…大丈夫ですけど。」
私が言い終わる前に返事が来た。そしてその返事も、もう知っていた。
前は、ここで私は絆創膏を差し出していた。
「大丈夫ですけど」と言って引いたあと、結局受け取って、耳の先が赤くなっていた。
「…ありがとうございます。」小さな声で。
「……なんですか。」
ドンミンの声に我に返った。手を背中に隠したまま、警戒する目で私を見ていた。
「何かついてました? 私の顔に。」
「いえ! 何でもないです。」
彼は少しだけ見てから、黙ってガラス扉を押して入っていった。
ひとり残された廊下で、私はしばらく立ち尽くしていた。
デジャヴにしては、あまりにも正確だった。
*
洗面所の鏡の前で冷水を出した。
鏡の中の私は無事だった。額も、腕も、折れているはずの肋骨も。昨日アイロンをかけて着たシャツまでそのままだった。
冷水を顔に浴びせた。指先がしびれるほど冷たかった。夢にしては感触がありすぎた。
'そうだ、事故の後遺症だ。デジャヴなだけだ。'
でもデジャヴは、次のセリフを先に教えてはくれない。
そのとき手首が目に入った。
時計のガラスに、ぱきっとひびが入っていた。
事故の瞬間、ハンドルにぶつかってできた、あのひびだった。
'…なんでまだあるんだ。'
夢なら、このひびはないはずだった。事故が起こる前の今、この時計は無事であるのが普通だった。
「…まさか。」
鏡の中の私は、答えの代わりにぽたぽたと水を垂らした。
*
事務所のドアを開けた瞬間、次に何を言われるかまで全部わかる気がした。
'みんな来てるよね? 締切が2日早まったよ。'
「みんな来てるよね? 締切が2日早まったよ。」
所長が書類を振りながら言った。一字一句違わなかった。
'ヨジュや! 今日の昼はキンパどう? 私が奢るよ。'
「ヨジュや! 今日の昼はキンパどう? 私が奢るよ。」
ジウォン姉さんが手を振りながら言った。これもそのままだった。
でも姉さんは私の顔を見るなり、表情をこわばらせた。
「…でも、なんでそんなに顔が白いの? 何かあった?」
これは初めて聞く言葉だった。まあ、ついさっき死んで生き返った顔が平気なはずはない。
「……いえ。キンパ、好きです。」
席に座ってモニターをつけた。昨日見ていた取引先の帳簿がそのままだった。回収額32億ウォン、入金額29億6,000万ウォン。
2億4,000万ウォンが空いていた。昨日はただのタイプミスかと思って流した数字だった。
視線が壁掛けカレンダーに向かった。
所長が8週間後の日付に赤い丸をつけていた。横には、乱れた字で『精算』。
私はあの丸の下で死んだ。
指先が冷たくなった。
私は戻ってきたのだ。
