一か月が過ぎようとする頃には、ポムギュの体はすっかり治ったように見えた。
歩き方に乱れはなく、目つきにも再び力が戻っていた。
汗だくになるまで薪を割っても息一つ乱れず、中庭を横切る足取りにも、以前の危うさは消えていた。
ダニはその様子を見て舌を巻いた。
「あれじゃ、うちの力仕事はあの人が全部やっちゃいそうですね」
ヨジュもつられて笑い、うなずいた。
もうそばで見守っていなくてもいいほど彼が元気になったのが、うれしい半面、どこか寂しかった。
体が完全に治ったら、いつかこの家を出て行ってしまうかもしれない、そんな考えがふとよぎったせいだった。
出て行くと考えただけで胸の片隅がひやりとするのが、自分でも不思議だった。
ヨジュはその考えを懸命に振り払い、またしていたことに視線を戻した。
*
その日の夕方、廊下に並んで座っていたヨジュが、ふと夜空を見上げた。
「あの星座、名前は何ですか?」
ポムギュは何気なく答えた。
「北斗七星ですね」
ヨジュの目が丸くなった。
「え? どうしてそれを知ってるんです? 記憶もないって言ってたのに」
しまったと思ったのか、ポムギュは少し動揺した気配を隠し、言葉を濁した。
「……さあ、あちこちさすらっているうちに、どこかで聞きかじったんでしょう。僕も不思議です」
「不思議なのは一つや二つじゃないですね、お客様は」
ヨジュが疑わしげに見つめると、ポムギュはわざとそっぽを向いて咳払いした。
結局ヨジュは、ふっと笑って流した。最近では、こんないい加減な会話が一日の中でいちばん落ち着く時間になっていた。
「お客様って、本当に……初めて会った時とはまるで別人みたいです」
「最初は死にかけてましたからね。その時と比べれば、ありがたいことじゃないですか」
「そういう意味じゃなくて。その時はなんというか、手をつけられないくらい悲しそうでした」
ポムギュの笑みが一瞬だけ薄れたが、すぐにいつも通りに戻った。
「お嬢さんの目にだけ、そう見えたのかもしれませんね」
*
数日後、中庭で薪を割っていたポムギュの襟元の隙間から、何かがかすかに光った。
ヨジュはその光に、思わず目を奪われた。
「お客様、それ何ですか?」
ポムギュはびくりとして、すぐに襟元を合わせた。
「何でもありません」
「何でもないのに、どうして隠すんです?」
ヨジュが冗談めかして笑いながら手を伸ばすと、ポムギュはさっと身を引いた。
「お嬢さん、これでは困ります」
「じゃあ、素直に見せてくださいよ」
しばらく押し問答をした末、結局ヨジュが玉佩を取ってしまった
ヨジュは手のひらに置かれた玉佩を、じっと見つめた。
「きれいですね。これ、どこで手に入れたんですか?」
「……この玉佩を、ご存じないんですか?」
ポムギュの声が少し震えた。
「私が知っていないといけませんか?」
問い返したヨジュの顔には、本当に何の記憶もないようだった。
ポムギュは無理に笑って、玉佩を元通り襟の内側へ戻した。
「いえ。ただ……古い品なので」
「でも、不思議ですよね。記憶もない方が、どうやって今までこんな物を持っていられたのか」
「……そうですね。僕もそれが不思議です」
声の最後が少し掠れたが、ヨジュは気づかなかったようだった。
「お客様にとって大切な物みたいですね。そんなふうに大事にしているところを見ると」
「……ええ。たぶん、いちばん大切なものです」
その答えがあまりにも真剣で、ヨジュは一瞬どう返せばいいのかわからず、気まずそうに笑った。
「何ですか、急にかっこつけて」
「かっこつけてなんかいません。ただ事実を言っただけですが」
ヨジュは首をかしげたが、それ以上は追及せずに背を向けた。
ひとり残されたポムギュは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
本当に、何もかも忘れてしまったのだろうか。あの夏の日の中庭も、あの日の約束も。
胸の片隅が静かに崩れ落ちていくようだった。
当然といえば当然だった。あの時のヨジュはあまりにも幼く、時はあまりにも長かったのだから。
それでも、少し寂しいのはどうしようもなかった。
そんな思いを隠したまま、その日も夜明け頃にポムギュは気配を殺して門扉を出た。
*
その頃、浅い眠りから覚めたヨジュは、ふと隣の部屋の気配が消えていることに気づいた。
嫌な予感がして飛び起き、 বাইরেへ出てみると、ちょうど塀を越えて入ってくるポムギュと鉢合わせた。
「……こんな時間に、どこへ行ってたんですか?」
ポムギュは一瞬固まったが、すぐに平静を装って笑った。
「眠れなくて、少し外の空気を吸ってきただけです」
「毎晩、そんなに長く外の空気を吸うんですか?」
「夜風が好きなんです」
しらばくれた答えだったが、笑みの裏にちらつく緊張をヨジュは見逃さなかった。
玉佩も、毎晩姿を消すことも。この人には言えないことが多すぎた。
それでも不思議と嫌いにはなれなかった。むしろ、もっと知りたくなるばかりだった。
それが何であっても、いつかは本人の口から直接聞きたかった。
部屋へ戻るヨジュの後ろ姿を見ながら、ポムギュは静かに襟元の玉佩を撫でた。
冷たかった感触が、指先で少しずつ温もりを取り戻していった。
