襲撃が過ぎ去った跡は、呆れるほど静かだった。
灰の匂いと血の匂いが立ちこめる部屋の中、額を寄せ合っていたヨンジュンが低く息を吐いた。
肩の裂傷から黒ずんだ血が流れ落ち、ネイビーのガウンを濡らしていたが、ヨンジュンは気にしていない様子で、ただ黙ってスビンを見下ろしていた。
スビンは手にしていた銀の燭台をするりと取り落とした。 ドン-という音とともに、燭台が床を転がった。
「……傷から、かなり血が出ています」
スビンは荒い息をつきながら、ヨンジュンの肩を見つめた。
ヴァンパイアは自己治癒能力に優れた存在だが、侵入者が振るった武器の先に銀や呪術が付いていたのか、傷口はなかなか塞がらず、黒く焼けただれていた。
「ハンターのくせに、ヴァンパイアの傷を心配するの?」
ヨンジュンは鼻で笑って一歩退いた。ふらつくヨンジュンの体を、スビンが思わず支えるように受け止める。
冷たくも確かなヨンジュンの体温が、手のひら越しにそのまま伝わってきた。
「私をかばって、怪我したんじゃないですか」
「勘違いするな。俺の餌が、他の下っ端どもに噛みつかれて潰れるのが嫌だっただけだ」
ヨンジュンは冷たい言葉を吐きながらも、自分を支えるスビンのしっかりした肩に素直にもたれた。
しばらくして、騒ぎを収めた執事が薬と清潔なガーゼを持って部屋に入ってきた。
執事は灰と化した下っ端の痕跡と、床に落ちた銀の燭台、そしてヨンジュンを支えているスビンを交互に見て、驚きを隠せなかった。
「ヨンジュン様、傷を手当ていたします。この人間は別の部屋へ……」
「いい」
ヨンジュンが執事の言葉を短く遮った。
「治療道具だけ置いて出ていけ」
「ですが……」
「出ていけと言った」
低く響くヨンジュンの命令に、執事は頭を下げて退くしかなかった。
扉が閉まり、再び二人きりになると、ヨンジュンはベッドの端にどさりと腰を下ろし、スビンを見た。
「やれ」
「え?」
「お前が俺の背中を守ったんだ。仕上げもお前がやれ」
ヨンジュンは薬壺とガーゼの載ったトレーを顎で示した。
スビンは呆れたような顔をしたが、ヨンジュンの肩からまだ血がにじんでいるのを見て、ため息をついて近くに座った。
スビンは慎重な手つきで、ヨンジュンの傷の周囲を消毒薬で拭い始めた。
ハンターの家門で毎日のように揉まれて身につけたのが、傷の手当てと応急処置だった。
感応力や身体能力は失敗作だとまで言われたかもしれないが、手先の器用さだけは几帳面で繊細だった。
「痛かったら言ってください」
「ヴァンパイアがこの程度の痛みで大げさに騒ぐとでも?」
ヨンジュンは鼻で笑ったが、スビンが焼けただれた肉の上に薬を塗ると、思わず肩の筋肉を強ばらせた。
スビンはヨンジュンが痛くないように傷口へそっと息を吹きかけながら、包帯を巻いた。
スビンの温かく落ち着いた吐息が肩に触れるたび、ヨンジュンの視線はスビンの真剣な顔へ向かった。
長い睫毛、集中するたび少し開く唇、そして自分を手当てする指先から伝わる、無害な優しさ。
『この子はハンターだ』
家門に見捨てられたとしても、さっき銀の燭台でヴァンパイアの心臓を突き刺していたハンターだった。
だが今は、敵であり捕食者でもある自分の傷を、誰よりも丁寧に縫い合わせるように手当てしている。
奇妙な矛盾だった。
「終わりました」
スビンが結び目を作って手を離そうとすると、ヨンジュンがスビンの包帯を巻いた手首をぽんと掴んだ。
「……どうしてこうした?」
「え?」
「俺を置いて逃げることもできただろう。あの下っ端どもが俺に飛びかかっていた時、振り返りもせずに飛び出していれば、この屋敷を出られたかもしれない」
ヨンジュンの赤い瞳が、重い本心を宿してスビンを射抜いた。スビンはしばらく口を閉ざした。
手首に触れるヨンジュンの冷たい手は、なぜか昨夜のように怖くも不快でもなかった。
「……わかりません」
スビンが低くつぶやいた。
「ただ……体が先に動きました。
どんなに私を捨てた家門でも、ハンターとして育てられたので……それに何より、ヨンジュンさんが私のせいで傷つくのを、黙って見ていられませんでした」
そう言い終えると、スビンはぎこちなく顔をそらした。
赤くなった耳の先が、またスビンの率直な感情をさらけ出していた。
ヨンジュンはスビンの手首を掴んだ手にわずかに力を込め、それからゆっくり指を開いてスビンの手と指を絡めた。
節の太いスビンのしっかりした手と、ヨンジュンの長く冷たい指が絡み合う。
「スビン」
「はい?」
「これからは、俺の許可なしに死ぬな、傷つくな」
口調は相変わらず命令形だったが、その中に宿る重みは昨夜の飼育や監禁とは違っていた。
ヨンジュンは絡めた手を引き寄せ、スビンの手の甲に軽く自分の唇を押し当てた。冷たい感触が手の甲に触れた瞬間、スビンの心臓がどくん、と大きく跳ねた。
屋敷を襲った襲撃は終わったが、二人の間を隔てていたハンターとヴァンパイアという境界線は、静かに崩れ落ちていた。
