私たちは線を越えないことにした

82話。事故



ジュリアンとデートを始めてから、

初めてパリで一緒に過ごした週末だった。




一緒に買い物もして、

美術館にも行って、

そのとき食べ損ねたアイスクリームも食べた。




彼と一緒にいるあいだ、

携帯の電源は切っておいた。




今回だけは何にも邪魔されず、

彼だけとたっぷり時間を過ごそうと決めていた。




いつの間にか日曜の夜になっていた。

私は月曜日の朝、ジュリアンが出勤したあとで

彼の家を出るつもりだった。




ジュリアンは引き出しから鍵をひとつ取り出して

私の手に握らせてくれた。




"明日の朝、空港へ行くとき

 これでドアを閉めて行ってください。

 それから、いつでもあなたが来たいとき

 来ていいという意味です。"





"わかりました。ありがとう。

 でも、ある日仕事から帰ってきたときに 
 
 家に何も残ってなかったら

 どうするつもりなんですか ㅎ"




"お金になりそうなものがどこにあるか先に教えるから 
 
 重いものを全部持って行かないでください" 




どうして彼の言葉には冗談の中にも

温かさがにじんでいるんだろう。

私が申し訳なくてたまらない...そんなふうに。




 "ジュリ、私、カフェインレスコーヒーを一杯飲みたいんだけど...

 ちょっと一緒に出てくれますか?"




"この時間だと、カフェが開いてるところはほとんどないですよ。

 私が淹れます。

 デカフェの豆もあります。"




"もしかして、こんなこと知ってます?

 コーヒーは、ほかの人に入れてもらうのが一番おいしいって。"




"そんな言葉があるんですか?知りませんでした。ㅎ

 じゃあジョンアさんのコーヒーは、いつも私が淹れます。

 これでいいでしょう?"





"いつも? いつまでも?"





"死ぬまで。"





私は彼の答えを聞いて

理由はわからないけれど、

胸がどきんと落ちた。




"でも...ひとつ聞いてもいいですか?

 その指輪...特別な意味のある指輪なんですか?

 その指は婚約指輪をはめる場所なのに
 
 指輪をはめているのでずっと気になっていました。"





"あ...これですか?

 昔からつけていた指輪なので...

 婚約指輪をはめる指って別にあるんですか?

 そんなのよくわからないままつけていたんです。

 じゃあ...ほかの指に移さないといけませんね。"




私はフンジさんからもらった指輪を外して、

別の指に移した。




彼の首にも

私と同じ指輪がかかっているはずだ。

そう思うと、どうしても指輪を捨てられなかった。




新しい一週間が始まり、

私は再びスペインに戻って日常を続けた。




少し前に新しく始めた翻訳の仕事を続けながら、

ジュリアンの勧めでフランス語の勉強も始めた。




昨日の夜、

ジュリアンと電話したとき、彼は両親を迎えに出て

空港にいると言っていた。




私はジュリアンの両親に会うときに着る服も選びながら

明日パリへ行くときに持って行く荷物を簡単にまとめていた。




荷造りを終えて、

出版社に今日やった分をメールで送るため

ラップトップを開いた。




ポータルサイトにログインしていたら

偶然、記事の見出しがひとつ目に入った。




[俳優パク・フンジ、映画撮影中に事故に遭う..]




記事の見出しを読んだ瞬間から、心臓が

狂ったみたいに打ち始めた。




すぐにキム代表に電話した。




"テヒョンさん。フンジさんの事故記事って何ですか?"




"あ...見たんだね。

 撮影中にちょっとした事故があって。

 傷を二十針ほど縫ったけど
 
 幸い命に別状はないよ。

 今は入院してる。"



もう何も聞こえなかった。



電話を切るやいなや

さっき詰めたバッグをつかんで

空港へ向かった。




一番早く韓国へ行ける便を見つければよかった。




直行便はなかったけれど、

二時間後にフランクフルト経由の

便に一席だけ空きがあった。




記事を見てから韓国に着くまで

どうやって来たのか、まったく覚えていなかった。




フンジさんがどれほどけがをしたのか、

状態はどうなのか。

そのことだけを考えて

二十時間を超える飛行の末、韓国に着いた。





仁川空港に着くやいなや、

公衆電話を探してフンジさんに電話をかけた。




"もしもし?"




"フンジさん、今どこですか?

 けがはどうですか。大丈夫なんですか?

 どれくらいけがをしたんですか?"




"ジョンアさんですか?

 今この番号...韓国に来たんですか?"




"けがはどうなんですかって聞いてるんです。大丈夫なんですか?"




"大丈夫ですよ。幸い、あまりひどくはけがしていません。
 
 でも...本当に韓国に来たんですか?

 今どこですか?"





"空港です。

 記事を見た瞬間、すごく怖くなって。

 それでそのまま空港へ行って、

 韓国行きの一番早い飛行機に乗って来たんです..

 本当にどうしてそんなに人をやきもきさせるんですか。"




"私...に会いに来たんですか?"




私は彼の声を聞いて、

無事だという安堵感からなのか

涙がどっとあふれた。





"泣かないでください。

 本当に大丈夫です。

 住所を送りますから、ここに来てください。

 いいですね?"




"これ、公衆電話なんです。携帯じゃなくて...

 住所を言ってください。メモします。"




私は彼と会っているあいだ、一度も行ったことのない

彼のいる場所へ向かっていた。




別れて1年以上たった今になって、

何の関係もない私たちになってから、やっと。





"私があなたを捨てたって思ってるわけじゃないですよね?"

 <83話より>


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