私たちは線を越えないことにした

第89話。疑い



また長いフライトの末に

パリに到着した。




ジュリアンはいつも通り明るい笑顔で

私を迎えてくれて、

私たちは彼の車がある場所へと向かった。





「大変でしたよね?

 バッグもよこしてください。」





ジュリの言葉を聞いた瞬間、

昔ミゲルがした行動を思い出した。





「ぷっ…」





「なんで笑うんですか? バッグをよこしてください。

 肩が重いと、体がもっと疲れます。」




「昔ミゲルが

 韓国の男は女のバッグを持ってくれるってことを

 学んだって言いながら、

 私のバッグを貸してくれって言ったことがあったんです。

 その時のことを思い出して…

 バッグは大丈夫です。

 私は男の人が女のバッグを持って歩くの、あまり好きじゃないんです。」





「え? ミゲルがフラッティングしてたんですね…

 それじゃあ、ずっとミゲルのカフェに行って口説いてても大丈夫なんですか?」




ジュリアンは笑いながら言った。

彼の笑顔はいつも人を安心させる。




「アパートの近くにあるホテルを予約しておきました。

 そこへ行って少し休んでください。

 かなり疲れて見えます。」




「あ…その考えはなかったです。

 先に準備しておくべきでした…ごめんなさい。

 私の用事までこんなふうに任せてしまって…

 ご両親にはいつ会えますか?」




「何をそんなに急いでるんですか?

 行って少し休んでください。

 夕方ごろに私がホテルへ行きます。

 ご両親は知り合いの方たちとの約束があって出かけました。

 実はパリに来られるたびに

 私に会いに来たっておっしゃるんですが、

 知り合いにも会って旅行にも出かけていて

 私よりずっとお忙しそうです。」




ジュリアンはチェックインまで代わりにしてくれて

部屋まで連れて行ってくれた。




「休んでいてください。あとで6時ごろに来ます。

 それから、これ。

 ジョンアさんがお腹を空かせるかと思って

 サンドイッチと、タンブラーにコーヒーを入れてきました。

 洗って、お腹が空いたら食べてください。

 あとで夕飯は私と一緒に食べましょう。」





「…ありがとうございます…」




私は彼の細やかな気遣いに胸が熱くなった。




シャワーを終えたあと、

彼が渡してくれたサンドイッチとコーヒーで空腹をしのいでから

うとうと眠ってしまった。

目を覚ますと、いつの間にか午後5時を過ぎていた。





急いで外出の準備をした。


6時になる5分前ごろ、

ノックの音にドアを開けた。

ジュリアンがドアの前に立っていた。




「少し休めましたか?

 さっきよりは疲れていないみたいですね。」




「だいぶ楽になりました。

 出かけますか?」




「うちに行っても大丈夫ですか?

 気楽に話せる場所を考えてみたんですが、

 やっぱり家が一番いいかなと思って。

 行く途中で夕飯はテイクアウトしていきましょう。」





「いいですよ。

 ところでジュリ、何かあったんですか?」





ジュリアンの顔に不安が見えた。





「いえ。別に何かあったわけでは…

 最近は両親から小言をたくさん言われるので

 疲れていて、そう見えるのかもしれません。」


彼は言い終えると、力なくふっと笑った。




彼の家に着くと、

彼は夕食用にテイクアウトしてきた寿司を

皿に移し替えた。





空港で会ったときとは違って

口数も少なく、

どこか雰囲気が変わっていた。




私たちは食卓を挟んで向かい合って座った。

彼はいつも通り箸とナプキン、

水の入ったグラスまで黙って一つ一つ用意してくれた。




フンジさんを見てきたことへの罪悪感のせいなのか

私は彼に、何とも言えない不安を感じた。




食事を終えると、

ジュリアンは夜だから温かいお茶を飲んだほうがいいと言って

カモミールティーを淹れて私の前に置いてくれた。




私は黙って彼の様子を見守り、

彼のほうから先に口を開くのを待った。




ついに

彼がお茶をひと口飲んでから口を開いた。





「あなたの元彼…もしかして、パク・フンジという俳優ですか?」




私は思いがけない質問に言葉を失い

彼をじっと見つめることしかできなかった。





彼は急かすことなく

私が答えるのを黙って待っていた。





しばらくしてようやく

私は口を開いた。




「どうして…分かったんですか?」




「前に僕と一緒にいたとき

 その人から電話がかかってきたことがありましたよね。

 ジョンアさんがその人の名前を呼ぶのを聞きました。

 そのとき名前が少し珍しくて、印象に残っていたんです。

 ジョンアさんが韓国にいるっていう電話をもらってから

 韓国のサイトで、その俳優が撮影中にけがをしたという

 記事を偶然見かけました。
 
 考えてみると、ジョンアさんが韓国に行った時期と

 その俳優がけがをした時期が

 一致するみたいだったんです。

 僕と電話したとき、何があったのか最後まで言わずに

 ごまかしたのもずっと気になっていました。

 疑いがどんどん膨らんで…

 実は…昨日、ジョンアさんが僕に電話した番号へ

 もう一度かけてみました。

 してはいけないと思ったんですが…ごめんなさい。






「私が何もなかったことにするなら…

 あなたもそうしてくれますか?」 <90話中から>


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