僕たちは一線を越えないことにした(シーズン2)

91話。ジョンアの彷徨



「どうして返事がないんですか?

 一緒に暮らしていないってことじゃないんですか」




フンジさんの姉が改めて尋ねた。




「一緒に暮らしています。」




私はうつむいたまま答えた。





「やっぱり……」




姉さんが低くつぶやいた。





「何日も行っても家に入った形跡がなくて

 おかしいと思ったの。

 今では嘘までつくんですか?」





「申し訳ありません。」





「ジョンアさんはフンジより年上でしょう。

 だったら、もっと分別のないことをしないよう言うべきじゃないですか。

 うちの国で芸能人の私生活に対する

 目がどれだけ厳しいか知らないんですか?」




私は黙って聞いているだけだった。




「ジョンアさんがうちのフンジをつかまえているって……

 それは欲なんです。

 ジョンアさんの欲ですよ。」




私はふとテヒョンさんに言った言葉を思い出した。




『私の欲?

 それは……私がテヒョンさんに言った言葉だったのに……』





テヒョンさんのコンピューターで写真を見つけた日。


私を愛したんじゃなくて、

ただ私を自分のものにしたかっただけの欲だったんだと

テヒョンさんに言い放った記憶がよみがえった。





私がフンジさんのそばにいたいのも

ただ私の欲なのでしょうか……?





「不用意に写真でも撮られて

 記事にでもなったらどうするつもりですか?

 広告やドラマに迷惑がかかるのを

 ジョンアさんが責任取れるんですか?」





私は彼女の言葉を聞いているだけだった。




彼女が聞きたがっている返事が

何なのか分かっていた。

でも、してあげられなかった。





「フンジさんには家に帰るよう

 伝えます。」





「今日中ですよ!!

 分かりましたか?」





「はい。」





彼女が出て行ったあと、

私はしばらくぼんやり座っていてから

ジソンさんに電話をかけた。





「はい? 社長。

 どういうご用件でお電話を?」





「ジソンさん。

 私、1週間ほどカフェを休まないといけないみたいです。」





「1週間もですか? どうしてですか?」





「ただ……少し休みたくて。

 かなり疲れているみたいです。」





「でも、お客さんに事前の告知もなしに

 1週間も休むなんて……」




ジソンさんはしばらく黙っていた。




「社長。よろしければ……

 私が開店から閉店まで全部やってもいいですか?」





「ジソンさんひとりで?

 大変だからだめです。」





「社長が翻訳の仕事をしているときは

 いつもほとんど私ひとりでしたよね。

 大丈夫です。」






「ジソンさん。

 そこまで気遣ってくれてありがとう。

 私の分までやってくれるなら

 2人分のバイト代として払うね。」





「いえ……そこまでしていただかなくても大丈夫です。

 でも、社長、本当に大丈夫なんですか?」





「もちろん。ゆっくり休んで元気を補給して

 戻ってきます。

 ごめんなさい。私だけ休むことになって……」





「何もなければそれでいいです。

 心配しないで、休んでください。」





「ありがとう。

 そうだ、ジソンさん。

 しばらく携帯の電源を切っておこうと思います。

 夜にはメッセージを確認するので、

 何かあったらメッセージを残しておいてください。」





私は家に戻って簡単に荷物をまとめると

ソウル駅へ向かった。





いちばん早く出発する列車を調べた。

釜山行きのKTXチケットを予約した。




電車に乗って、2時間あまり窓の外を見ていた。

行く途中でホテルも予約した。





それから、

フンジさんにメッセージを送った。





[フンジさん。

 私は1週間旅行に行ってこようと思います。

 携帯の電源が切れていても心配しないでください。

 あなたをとても愛しているから、ごめんなさい。

 それから……

 姉さんがとても心配しているので

 フンジさんは家に帰ったほうがいいと思います。]





そのメッセージを最後に携帯の電源を切った。





釜山駅に着いて

タクシーでホテルへ向かった。




広安里ビーチを見下ろせるホテルだった。


バッグを下ろしてベッドに横になった。

 
何もしたくなかった。


ただしばらく、

誰にも私を探されない場所にいたかった。

目を閉じると、そのまま眠ってしまった。





目を覚ましたときには、窓の外はもう暗くなっていた。

シャワーを浴びて服を着替えたあと

再びベッドに横になった。





翌朝目を覚ましたときには

もう正午だった。




お腹が空いているとも感じなかった。

ホテル1階でコーヒー1杯とスコーンを買ってきた。

朝昼兼用で適当に食事を済ませると

また眠ってしまった。





2日目の夜。

眠りから覚めた私は

ふと携帯のことを思い出した。




しばらく迷ってから電源を入れた。



フンジさんから電話とメッセージが何通も来ていた。


カフェやほかの仕事に特に問題はなさそうで

フンジさんのメッセージは確認しないまま

再び携帯の電源を切った。





その次の日に目を覚ましたときは

お腹が空いていた。




適当に服を着て

近くにどんな店があるか見て回った。




豚クッパの店が目に入ったので

ひとまず中に入って注文した。





『クッパを見るとテヒョンさんを思い出す……

 元気にしてるかな……?』





私はバッグから携帯を取り出した。

電源を入れてテヒョンさんに電話をかけた。





「ジョンア。」





「テヒョンさん。元気?」





「どうしたんだ? 電話までして。

 何かあったのか?」





「ううん……クッパを見たらテヒョンさんを思い出して……」





「なんだ……はは。

 また何かあったのかと思って驚いたじゃないか。」





「何してるの?」





「俺は今、昼ごはんを食べてる。

 お前が珍しくクッパを食べるなんて?」





「近くに店があったから……

 勉強はつらくない?」





「年を取ってから勉強するのは

 ほんとにしんどい。

 やっぱり何事にも時期ってあるんだなって思うよ。

 お前は最近どうだ?」





「元気だよ。

 早く冷めないうちに昼ごはん食べて。じゃあまたね。

 体には気をつけて……」





「ああ。ジョンア。

 電話くれてありがとう。お前も元気で。」




私は彼との通話を終えると

フンジさんが最後に送ってきたメッセージを確認した。





[姉さんに会ったって話を聞きました。

 どんな話を聞いてこうしているんですか?

 姉さんの言うことは気にしないでください。

 3か月以内に許しをもらうって言ったじゃないですか。

 ただ私を信じて、少しだけ我慢してくれませんか?

 心配だから電話を1本だけください。お願いです……]




私は彼に電話をかけた。





「ジョンアさん!!」





「心配しないでください。」





「今どこですか?」





「釜山です。」





「大丈夫ですか?」





「フンジさん。私は大丈夫です。

 ただ何も考えたくなくて

 とにかく来ました。数日いたら戻ります。

 心配しないでください。」





「会いたいです……」





「私も会いたいです。切ります。」





私は彼のあいさつも聞かないまま

通話を終えて電源も切ってしまった。





食事を済ませると

海辺を歩いた。


それから砂浜に座って

しばらく押し寄せる波を眺めていた。





日が傾きかけるころ、

ホテルに戻って体を洗い、ベッドに入った。




そうして私は考えるのを避けようと

寝て、また眠った。




1週間が過ぎ、

ソウルへ向かう電車に体を預けた。




家に着いたのは夜10時を過ぎていた。

ドアロックを開けて入った瞬間、

フンジさんが玄関の前に立っていた。





彼は相変わらず愛らしい顔で

両腕を広げたまま私を待っていた。




私は彼に抱きつけないまま

その場にじっと立っていた。




するとフンジさんが先に近づいてきて

私をぎゅっと抱きしめてくれた。





「会いたかったです..」





「フンジさん。私、先にシャワー浴びてきます。」





「うん。分かりました。

 お腹は空いてないですか?」





「フンジさんが作ってくれるトーストが食べたいです。」





「本当に?? 分かりました。

 ジョンアさんがシャワーを浴びている間に、すぐ作ってみます。」



シャワーを浴びてリビングに出ると

本当にトーストが皿の上にきちんと並べられていた。





「今日はすごく早いですね。

 焦がしてもいませんし?」





「今日は気を引き締めてやりました。」




彼は私を見てほほえんだ。




私は食卓に座ってトーストを食べた。

彼は黙って私が食べるのを見つめていた。






「カフェ、やめようと思います。ごめんなさい。」    <第92話より>


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