台湾に残る、あの日の約束

EP8 もう一度、台湾へ

秋風が吹き始めた頃。


台湾行きのために用意した荷物…

私は何度も奕翔とのメッセージ画面を見つめていた。


「本当に行くんだ……。」


祖父のために始まった旅。

でも今は、理由が一つ増えている。

会いたい人がいる。


その気持ちを認めるだけで、

胸が少しだけ苦しくなった。



「着いた。」

桃園空港を出ると、少し湿った風が頬をなでる。

あの日と同じ空気。


同じ匂い。


でも今日は、一人じゃない。


到着ロビーの向こうで、大きく手を振る人がいた。


Gravatar

「こっちです!」


奕翔だった。

ストライプのシャツに、少し伸びた前髪。


画面越しでは何度も会っていたのに、

実際に会うと少し照れくさい。


「久しぶり。」


「……おかえり。」


その一言に、私は思わず笑ってしまう。

「“ただいま”って言ってもいい?」


奕翔は少し驚いたあと、優しく笑った。


「もちろん。」


「今日は祖父も楽しみにしてるんです。」


車に乗り込むと、奕翔は嬉しそうに話し始めた。


「昨日なんて、何を着ようか

 一時間も悩んでました。」


「ふふっ。」


想像できてしまって笑ってしまう。

「あ、でも。」


奕翔が少し真面目な顔になる。

「今日は渡したいものがあります。」


「日記?」


「はい。」


「でも、それだけじゃないです。」


意味深な言葉。

聞こうとしたけれど、

彼は笑って話を変えてしまった。


学校へ着くと、校門の前で祖父が待っていた。


「先生のお孫さん。」


そう呼ばれるたび、胸が熱くなる。


居間へ案内されると、祖父は大切そうに布に包まれた一冊の日記を差し出した。


「これは……。」


「ずっと渡したかった。」


古びた表紙を開く。

そこには、日本語で丁寧に書かれた文字。


『昭和二十年 三月』


ページをめくる。

祖父との日々。

授業のこと。

子どもたちのこと。


そして最後の方に、

一文だけ赤いインクで書かれていた。


“彼には、まだ伝えていない夢がある。”


私は首を傾げた。

夢……?


祖父は何を伝えたかったんだろう。



帰り道。

夕暮れの校庭を歩く。


Gravatar

緊張した表情の奕翔…

少し照れながら言う。


「これ、僕からです。」

見慣れないスケッチブックを差し出した。


「え?」


「あなたが日本へ帰ってから描いてました。」


開くと…

台湾で過ごした数日間が、一冊に描かれている。


  • 道に迷っていた私
  • スイーツを食べて笑う顔
  • 美術室で笑っていた横顔
  • ガジュマルの木
  • 私がスケッチを描く姿


全部、奕翔が見ていた景色。


最後のページだけ白紙。


奕翔は少し笑って、

「最後の一枚は、一緒に描きたいから。」


私も思わず顔が赤くなってしまった。




「それと…」


「祖父の夢って、僕も知らないんです。」


「え?」


「だから、一緒に探してくれませんか。」


私は笑って頷いた。


「もちろん。」


そう言うと、奕翔は立ち止まる。


その瞬間。

風に乗って、一枚の紙が私たちの足元へ舞い落ちた。

拾い上げる。


それは、日記からこぼれた古いスケッチ。


校舎ではない。

知らない場所だった。

裏には、祖父の字で一言だけ。


『夢の続きは、ここで。』


私と奕翔は顔を見合わせる。

「……まだ終わってなかったんだ。」


祖父たちの物語は。

そして、私たちの物語もーー。

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