鐘が鳴り、担任の先生の終礼がまもなく終わると、教室はたちまち騒がしくなった。私は机の上に広げていたノートと筆箱をかばんに押し込み、スマホを確認した。四時四十分。今日も正門で待っているのかな。
今日はハミンが転校してきて四日目。木曜日だった。ハミンはいつも早く終礼が終わるせいか、いつも校門の前に立っていた。最初は待たれている事実に仰天したけれど、毎回あれこれ言い訳があって、どうにも振り切れないまま一緒に下校するようになって、もう三日も経った。月曜は遅く終わる私を待っていて、火曜は携帯のバッテリーがないと言った。昨日はもうこれ以上思いつく言い訳がなかったのか、そのまま一緒に行っちゃだめかと聞いてきた。
はあ、とため息をついて席を立った。とはいえ、待っている人がいるなら遅れちゃだめだから。
ガタッと椅子を引いて立ち上がると、前から気配を感じた。イェジュンだった。
「今日、一緒に帰る?」
「家に?」
「じゃあ、どこに一緒に行くんだよ」
「急に?」
イェジュンは笑って、言葉を足した。
「最近、下校するとき見えないから」
今週ずっと、ハミンと一緒に家へ帰っていたからだ。
どうしよう、断らなきゃ。でも待っているはずだし。悩む私とは違って、イェジュンは断る選択肢なんてないみたいに、先に教室の裏口のほうへ向かった。いや、私まだ返事してないって!
慌てて後を追いかけて出ると、イェジュンは予想していたみたいににやりと笑った。2年前もあの笑顔のせいで、勝手に意味を見つけていたのを思い出した。ほんと、人を惑わせる顔だ。慣れた調子で話題を振ってくるのに答えているうちに、もう校門が見え始めた。
はあ、どうしよう。もうでかい黒いシルエットが見えていた。
ハミンは塀の下の影に寄りかかって、スマホを見ていた。片方の肩にだけかばんを掛け、長い脚をゆるく伸ばしていて、遠くからでもすぐ目についた。
大勢が行き来する校門でも私の気配を感じたのか、それとも偶然か。ハミンが顔を上げて私を見つけた。すぐに、私の隣にいるイェジュンへ視線が移った。
気づかないふりをして。気づかないふりをして。お願いだから今日だけ! 空気を読んでよ、ユ・ハミン!
心の中で何度も繰り返しながら校門へ近づいた。
ハミンはスマホをポケットに入れると、塀から背を離した。そのまままっすぐ私たちのほうへ歩いてきた。
「ハミンじゃん」
先に口を開いたのはイェジュンだった。
「おまえももう家に帰るのか?」
「うん」
ハミンは短く答え、自然に私の隣に立った。え、え、これ……。それにしてもイェジュン、何とも思わないの? もう複雑な気持ちになった。結局、3人で並んで歩き出した。
イェジュンは歩いている間ずっと、会話が途切れないように話題を振ってきた。話していたのは主に私とイェジュンだけだった。
「この前できたトッポッキ屋、けっこう辛かった」
「おまえ、もともと辛いの苦手だろ」
「私、ヨジュよりは食べられるけど、どんな料理でも」
「ほんとに」
イェジュンは笑って、私もつられて笑った。あ、私たちだけの話をしすぎたかな。横で何も言わずに歩くハミンが気になった。
普段も口数が多いほうではなかったけど、今日は特に静かだった。それなのに一人で先に行くこともなく、私たちと同じ速さで並んで歩いた。
「今度は一緒に行こう」
イェジュンが言った。
「どこへ?」
「粉食屋。おまえ、トッポッキ好きだろ」
「おまえが奢るの?」
「それくらいは奢るよ」
イェジュンは遠くを見ながら笑った。その笑顔と、大したことないっていうその返事に、胸の片隅ががたっと揺れた。
別に大したことじゃないのに。つい制服のスカートのひだを一度なでた。
そのときまで黙っていたハミンが口を開いた。
「もともと2人で下校してるの?」
私はハミンを振り返った。
ハミンは私を見なかった。視線はすぐ隣のイェジュンに向いていた。イェジュンは特に疑うこともなく答えた。
「いや。でも今日は俺が一緒に行こうって言ったんだ」
「ふーん」
ハミンは小さく声を出し、また前を向いた。
それで会話は終わった。なんだか少し殺風景じゃない? と思うほどだった。
大通りに着くと、イェジュンが足を止めた。家へ行くには横断歩道を渡らなきゃいけなかったけど、イェジュンの家はここから左へ行く。
「俺はこっち」
「うん。また明日」
手を振って見送ろうとしたら、イェジュンが私の後ろに立っていたハミンを見た。口元だけを上げて笑っていて、なんだか冷たく見えた。
「ところで、おまえはどこに住んでるんだ?」
ハミンが口を開いた。
「私は――」
「あっ、あの子あっちのアパート!」
私が先に向かい側を指さした。思ったより声が大きく出た。
「そこに引っ越してきたんだって、はは」
イェジュンは私が指したほうを見た。その間、ハミンが後ろで私の顔をじっと見ているのを感じた。
「そうなの? じゃあヨジュと方向が同じだな」
「う、うん。たまたま」
返事が早すぎた。
イェジュンは少し私を見たけれど、何も言わずにうなずいた。
「ふーん、だから最近、下校するとき見えなかったのか」
「え?」
「なんでもない。明日な」
イェジュンが体を向けた。数歩行ってから、また振り返って手を振った。
私も手を上げて返した。
イェジュンの後ろ姿が人混みの中に消えて、やっと長く息を吐いた。
「ふぅ、バレてないよね……?」
「あれだけ下手な演技でも引っかかる人がいるならな」
「なにそれ!?」
「嬉しそうに死にそうなくらいだったけど、話しながら」
「えっ??」
「忘れたってわけでもなさそうだな」
自分の言いたいことだけをぶつぶつ吐き出すハミンに何か言おうとした瞬間、信号が変わった。
ハミンは先に横断歩道を大股で渡っていった。歩幅は普段より少し速かった。
どういう意味だと聞こうとして、やめた。どうせ教えてくれないだろうし。
しばらく感じたことのないくすぐったさが、胸の片隅にかすかに残っていた。さっきイェジュンと話したせいかな。もう終わった感情だと思っていたのに。
私は唇をぎゅっと結んだまま、ハミンの後を追った。
ハミンは家に着くまで、一度も後ろを振り返らなかった。
*
土曜日の午後。
両親は買い物に出かけ、リビングには私とハミンだけが残っていた。ようやく訪れた穏やかな週末だった。
本当に、混乱だらけの1週間を過ごした。
母は出かける前まで、冷蔵庫に果物があるだとか、空腹なら冷凍庫の餃子を温めて食べなさいだとか、何度も同じことを繰り返していた。
玄関のドアが閉まって、やっと家の中が静かになった。
私はソファの端に斜めに寝転び、バラエティの再放送を見ていた。膝の上にはお菓子の袋を置き、足はソファの肘掛けに乗せていた。
ハミンは反対側に座って、スマホばかり見ていた。たまに短い動画の音が聞こえたけれど、お互いに話しかけはしなかった。
番組では出演者たちがずっと笑って騒いでいた。私も特に何も考えずお菓子をつまみながら、画面を指さして言った。
「あいつ、結局あの人と付き合うんだって」
ハミンは画面も見ていなかった。
「誰が?」
「さっきから一緒に見てたくせに」
「見てない」
「じゃあ、なんでここに座ってるの?」
「姉さんがひとりで退屈するかと思って」
「退屈じゃないから部屋に入れ」
ハミンは答えなかった。代わりに体を前に倒し、テーブルの上にあったリモコンを取った。
画面はすぐにサッカー中継に変わった。
「おい、私見てたじゃん。頭おかしいのか?」
「内容、全部わかってるみたいだったし」
「再放送だって放送だろ。戻せ」
手を伸ばしたけれど、ハミンはリモコンを反対の手に移した。
「サッカーが終わってから」
「あと2時間もあるじゃん」
「だから静かに見ろ」
あきれて体を起こした。ハミンはなんだかにやにや笑っていた。笑ってる場合か!?
私の週末までこいつに奪われるわけにはいかない。
執念でリモコンを奪おうと手を伸ばすと、ハミンは腕を高く上げた。指先すら届かなかった。
「おとなしく出しなさい」
「取れるもんなら取ってみろ」
「腕を下ろさなきゃ取れないだろ!」
ソファの上に膝をついてハミンのほうへ近づいた。ハミンは手をぐっと伸ばし、ソファの端へ体を傾けた。いや、こいつこんなに子どもっぽかったっけ? やっぱりまだ若いから、子どもっぽいのかな。
たった1歳違いなのに、そんなことを考えながら、彼の動きを読んで少しずつ近づいた。
「ずるい。背が高いってだけで勝とうとするな」
「悔しかったら、姉さんも高くなれよ」
片手でハミンの肩を押さえ、もう片方の手を背中の後ろへ伸ばした。指先にリモコンの角が触れた。
ハミンの目が少し大きくなった気がした。
「取った!」
リモコンをつかんだ瞬間、ソファの端にかけていた膝が滑った。
体が横に傾き、思わずハミンの肩をつかんでいた手に力が入った。
短く息を飲む間に、ハミンが片手で落ちそうな私の腰を力強く支え、ソファの上へ引き上げた。
ふかふかのソファが重みを受けて深く沈んだ。手から離れたリモコンが床に落ち、鈍い音を立てた。
私の手はハミンの肩の服をつかんだままで、指の間から薄いTシャツとしっかりした肩がそのまま伝わってきた。私はまるでハミンに抱きついているみたいに、彼の上に倒れ込んでいた。
「ひゃっ、」
少し顔を上げると、ハミンの顔が目の前にあった。しかも、首を動かす気すらなさそうな顔だ。私をじっと見つめていた。まだ私の腰に巻きついているハミンの強い腕を感じて、顔が一気に熱くなった。
立ち上がろうとしたけど、ハミンの腕のせいであまり起き上がれなかった。まるで私が押し倒しているみたいに、ハミンの上に乗っていた。
テレビでは解説者が早口で何か言っていたけれど、ひとつも耳に入らなかった。
近すぎた。
少し動くだけで鼻先が触れそうだった。ハミンが息を吐くたび、額に落ちた髪がかすかに揺れた。
起き上がらなきゃ。
腰に触れている手のせいで、体をどこへ動かせばいいのかわからなかった。
「おい、手をちょっと……」
「……」
小さく言うと、ハミンの指が一瞬動いた。それでも腕はほどけなかった。
ハミンは何も言わずに私を見上げた。この状況を楽しんでいるのか、私を隅々まで目でなぞっていた。
目が合ったのも束の間、視線が少し下がった。
気づかないうちに唇に力が入った。
ハミンがまた私を見上げた。
それからゆっくり目を閉じた。
その意味に気づいた瞬間も、体は動かなかった。
ガチャッ。
玄関のドアが開く音がした。
「ただいま~」
ハミンが先に目を開けた。
すぐに私の腰を支えてソファに座らせると、自分はリモコンを拾って床に降りた。動きがあまりに速くて、私はクッションを抱えたまま固まっていた。
「おかえりなさい」
「2人で仲よくしてた?」
母が買い物袋を持ってリビングに入ってきた。
「はい」
ハミンは両親に笑いかけながら、リモコンを持ってサイドテーブルの上に置いた。
私はクッションを抱きしめたままソファの端へ下がった。さっき腰をつかまれた感触がまだ残っている気がした。
心臓の音が大きすぎて、母にも聞こえるんじゃないかと思い、クッションを胸の前まで持ち上げた。
「なんで顔が赤いの?」
母が私を見て聞いた。
「暑いから」
「エアコンついてるけど?」
「お菓子食べたからだよ」
とんでもない答えだった。
母は不思議そうに私を一度見て、台所へ入っていった。父と母の話し声が少し遠ざかると、私の心臓の音がまた大きく聞こえた。
ドクン、ドクン、
買い物袋が食卓の上に置かれる音、冷蔵庫が開いて慌ただしく片付ける音が聞こえて、ようやく隣をそっと見た。
ハミンは相変わらずテレビを見ていた。
私が見続けていると、ゆっくり顔を向けた。
目が合った。
ハミンの口元がほんの少し上がった。
私は持っていたクッションを、そのままハミンの顔に投げつけた。
「チャンネルでも変えろ」
クッションを受け止めたハミンが、床に落ちたリモコンを拾った。
画面はまたバラエティに戻ったけれど、その後の内容はひとつも入ってこなかった。
ハミンはヨジュの肌が触れた自分の手を、ヨジュに気づかれないようにいじっていた。
