またまた戻ってきた登校時間。私は制服を全部着て、鞄まで持ったあと、隣の部屋へ向かった。どうせ私のあとをちょこちょこついて来るだろうし、今度は私が先に連れ出さないと。ノックしようとして手が止まった。
ハミンに抱きしめられていた。今、ドアを叩こうとしているこの部屋で、それもベッドの上で。
ハミンはがっしりした腕で私を抱き寄せ、私はその腕を押しのけなかった。あの日以来、週末のあいだずっと顔を合わせるたび、あのときの感触が思い浮かんだ。
前なら、どうにかして避けていただろう。20分早く登校するとか、約束を入れるとかして。ハミンが私のことを少しでも好きだと匂わせれば、部屋に逃げたり、わざと別のほうを見たり、二人きりにならないようにしていたから。
でも今は、あまり避けたいとは思わなかった。会うと、変に体がこわばって、言葉もうまく出なくて、胸の片隅がずっとむずむずするのに。
ただそばにいたかった。そばにいると、ふわっと浮くような気分になるのが、本当に好きだった。
はあ、私、もう本当にこいつのこと好きみたい。気持ちを認めたら、かえって心は楽だった。
私は少し迷ってから、勢いよくドアを開けた。
「ユ・ハミン。学校行こう」
ベッドに座っていたハミンが顔を上げた。
私を見つけた顔に、一瞬驚きがよぎった。
「なんだよ」
ハミンはしばらく私を見てから、ふっと笑った。
「別に」
「何が別にだよ」
「避けると思ってた」
私が少しでもトラブルがあると避けるのを、とうに気づいてたんだ。気まずくなって、私はわざわざバッグのひもを握り直した。
「学校行くから早く出てきて」
「じゃあ出てけ」
「なんで?」
ハミンはベッドに座ったまま、ぽかんと私を見上げていた。私もさっぱりわからなくて、ぽかんと見返すしかなかった。
「じゃあ今着替える」
そう言うと、着ていたTシャツの裾をつかんで、ひょいとめくり上げた。
「きゃああっ!」
反射的にドアを閉めた。
バタン、と音が出るほど強く閉めてから、やっと目の前にさっき見た光景が浮かんだ。
全部脱いだわけじゃなかった。Tシャツは胸まで上がってもいなかった。お腹が少し見えただけだった。
なのに、くっきり割れた腹筋が目に焼きついた。私は熱くなった顔を両手で覆った。
「頭おかしいんじゃないの、ほんと」
ドアの向こうで、ハミンが小さく笑う声が聞こえた。
*
そうして一緒に登校するのが当たり前になった。まあ、もともと一緒に行かない日のほうが少なかったけど。
並んで学校まで歩き、それぞれの教室へ向かうときには手を振って挨拶を交わした。授業が終わる時間が近い日は、一緒に家へ帰った。もうそれも、かなり慣れた。
ハミンも慣れたみたいだった。こいつ、最初はクンクン鳴く子犬みたいに一緒に行こうってせがんだり、待ってたりしたのに。最近は当然みたいに私の隣に立つ。
ちょっと図に乗ってない?
なんだか私に絡んでくる回数もかなり減った。韓国に来るやいなや私の部屋に勝手に入ってきて、まだイェジュンが好きなのかと聞いて、私が距離を置けと言っても勝手に1時間も待って一緒に下校するのを押し通したやつ、あれで合ってるよね。
先週なんて、いきなり抱きしめてきたくせに!
なんで今は絡んでこないの?
もしかして、思ったほど私のこと好きじゃなかったのかな。
授業中も、そんなことばかり考えてしまった。
先生が黒板に何か書いていたけれど、目に入らなかった。あごを支えて窓の外を見ると、運動場で体育の授業をしている生徒たちが見えた。ハミンのクラスだった。
1年生の体育の授業時間なんだ。遠目でもハミンはすぐ目についた。友達とボールをやり取りしながら運動場を走っていた。
片側に落ちた前髪をかき上げて、友達が何か言うと笑ったりもした。
元気そうじゃん。転校してきてそんなに経ってないのに、もう友達が何人もできたみたいだった。手に力が入る。ペン先でノートの端をぎゅっと押した。
前は友達がいなくて、私にもっと執着してたのかな? 私が好きだったのは過去の話なんだよね。そういえば、ちゃんと告白してきたのもあれが初めてだったじゃん。今はただ、久しぶりに会ったお姉さんくらいのもので…。
そう思うと、なんだか変な気分になった。
先に避けたのは私だったのに、いざハミンが何もしないと、妙に気になった。
くっそ。
イライラする。
私は窓際から視線を外して、黒板を見た。
もう考えないことにした。
*
家でも様子は前とは変わった。私は前よりよくハミンの部屋に入るようになった。理由はただ、暇だったから。
ハミンが机に座っていれば、私はベッドに寝転んでスマホを見たり、クッションを抱えたまま何も言わずに時間を過ごしたりした。
最初の数回はハミンも何も言わず放っておいたけど、ある日ついに聞いてきた。
「最近なんでこんなにしょっちゅう来るの?」
ベッドにうつ伏せになっていた私は、スマホから目も離さずに答えた。
「別に」
「姉さんの部屋あるだろ」
「自分の部屋と雰囲気が違うし」
「……」
「なんか、こっちのほうが落ち着く感じ?」
「……」
「本当は、ただ暇なだけ」
YouTubeを見ながら適当に答えたら、ハミンもそれ以上は聞かなかった。椅子を回して、また本かスマホを見ているみたいだった。
私はこっそりハミンの後ろ姿を見た。
本当に何とも思ってないのかな。
ついクッションに顔をうずめた。
*
ある日は、ハミンが友達と夕飯を食べてから帰ると言った。え、あいつ友達いたんだ。学校でしか遊ばないと思ってた。私、めちゃくちゃぼっちだと思ってたのかな。
そんなことを考えながら、久しぶりに外部の人なしで、お母さんとお父さんと三人でご飯を食べた。食事を終えて部屋に上がり、そのまま風呂に入った。
でも、出てきたら寝間着が見当たらなかった。
洗濯かごも空だった。
「お母さん! 私の寝間着どこ?」
遠くから母の声がした。
「全部洗ったけど?」
「じゃあ私、何着ればいいの?」
「適当にTシャツ着て寝なさい!」
なんて薄情なの! 私、寝るときは寝間着しか着ないのに…。Tシャツは全部体に張りつくから、着て寝るの不便なんだよ。
ぶつぶつ言いながら、風呂に入る前に着ていた服を着て、タオルで髪をわしゃわしゃ乾かしつつ、のそのそ部屋へ向かった。すると、固く閉まったハミンのドアが目に入った。
そういえば、あいつTシャツたくさん持ってたな。私よりサイズも大きいし、寝間着にするのにぴったりじゃん。寝間着として。
私はそっとハミンの部屋のドアを開けて中に入った。ベッドの横に、たたんで置かれた黒いTシャツが見えた。5枚くらいありそう。着回ししてるのかな。1枚くらいならいいよね…? 入ってくる前にさっと着替えちゃおう。
急いで気持ち悪い服を脱ぎ捨て、ハミンのTシャツに着替えた。裾は太ももまで落ちた。思ったよりずっと大きい。中に着た短パンが見えそうで見えないくらいだった。でも寝間着としては最高だ。
鼻歌を歌いながら自分の服をたたみ、私の部屋へ向かった。あ、でもちょっと泥棒っぽい…? 勝手に部屋に入って着てるのを、ユ・ハミンでも少しは気分悪くしたり、イラッとしたりするかもしれない。
そうだ、すぐ説明しよう。勝手に着ているよりは、ハミンが戻ってきたらすぐ言ったほうがいい気がした。自分の服を洗濯かごに放り込んで、私はそのままハミンのベッドに横になった。
いつもみたいにスマホを見ながら待っていると、かなり後になって玄関のドアが開く音がした。あ、帰ってきたのかな? もぞもぞと体を起こすと、お母さんと短く話す声が聞こえた。
「ただいま」
「ハミン帰ったの? 夕飯は食べた?」
「はい」
母と短く会話する声が聞こえた。
部屋の前まで足音が近づき、やがてドアが開いた。
ハミンはドアの前に立ったまま、ベッドに横になっている私を見下ろした。
「帰ってたの?」
体を起こしかけて、そこでやっと自分の格好を確認した。
大きめのTシャツに短いショートパンツ。座ると、Tシャツの下にショートパンツがほとんど見えなかった。
うわ。
自覚がなさすぎたかな。
私はぎこちなくTシャツの裾を引き上げながら笑った。ズボンがあると見せるための、無言の行為だった。
「あはは」
ハミンはかなり驚いた顔をしていた。あいつがこんな間の抜けた顔するの、初めて見る気がする…。いや、こんなこと考えてる場合じゃない。
「えっと、私、寝間着がなくて」
「……」
「あなたのTシャツがあるの思い出して、借りて着たんだけど。なんか泥棒みたいで」
「……」
「あなたを待ってたの」
ハミンの視線がゆっくり下がった。私が着ているTシャツにしばらく留まってから、また顔へと戻ってきた。
怒ってる? 勝手に服を持ち出して着たのが気に障ったのかな。
言うことは言ったし、もう出よう。なんだか機嫌も悪そうだし。
「はは、言うことは伝えたから私はこれで…」
ベッドから降りて、こそこそとハミンの横を通り過ぎようとした。そのとき低い声がした。ぶつぶつ言うみたいで、よく聞き取れなかった。
「俺の服を着て」
「……」
「俺の部屋で俺を待ってたって」
「え?」
ちゃんと聞き取れなくて足を止め、ハミンを振り向こうとした瞬間。
「何て?」
「無防備に、ずっと俺の部屋に入ってくるな」
ハミンの腕が私の顔の横を通り過ぎた。
パタン…。ドアが閉まった。私はそのまま固まるしかなかった。怒ってる…? Tシャツ一枚で!?
一瞬で言葉を失った。さらに顔を向けることもできなかった。何も言わないでいると、背後から低く唸るような声がすぐ響いた。
「俺、まだ姉さんのこと好きなのに」
低く沈んだ声が続いた。
「忘れたのか」
「えっ」
声には苛立ちがにじんでいた。こいつは今、私が勝手に自分の服を盗んだことに怒ってるんじゃない。今。私に文句を言ってるんだ。なんで、自分のことを好きでもないくせに混乱させるんだって。だからイラついてるんだ。
ハミンはかなり腹を立てているみたいだったけど、私はうれしさで胸が高鳴り始めていた。もう私のこと好きじゃないのかと思ってたのに。こんな反応をしてくれるなんて、それだけで胸がときめいた。
それも知らずに、ハミンの声はいつもよりずっと低かった。
「俺の服…」
ハミンが手を伸ばして、私が着ているTシャツの裾に触れた。むき出しの脚に手が少し触れたとき、びくっとした。
まさか服、脱がせる気!? それはだめ! 私はびっくりして体を縮め、ハミンを呼んだ。
「おい…!」
予想とは違って――いや、当然だけど――ハミンは服を脱がせなかった。代わりに私の肩をつかんで、自分のほうへ向けた。体が軽くひょい、と回された。
顔を上げると、すぐ目の前にハミンがいた。唇をぎゅっと結んで私を見下ろす顔は、かなりピントがずれて見えた。へえ、私のせいで本当にイラついてたんだ。好きな気持ちも一瞬。私は自分が何を勘違いしていたのか気づいて、冷や汗をかいた。気まずくて、少し申し訳なくもあった。
「わ、私がどうやら無神経だったみたい。男の子の部屋で…」
「ああ」
「は、はは…」
笑ってみたけど、ハミンの表情は和らがなかった。不満げな顔で私の顔とTシャツを交互に見下ろし、それから口を開いた。
「俺の告白は断ったくせに」
「そ、それはその時は…!」
「……」
「あのときはイェジュンのことが好きだったから…」
ハミンは黙って私を見つめた。私も顔を真っ赤にしたまま、ハミンを見ていた。顔、今かなり赤い気がする。そうじゃないと辻褄が合わない。顔がこんなに熱くなったのも、ハミンの表情が私の顔を見てかなりやわらいだのも。私の目をまっすぐ見ていたハミンが口を開いた。
「じゃあ今は?」
少し首をかしげたハミンが、私に尋ねた。近すぎる…! 本人は自覚がないのかな? 今の顔面攻撃に、この部屋で私はハミンの匂いを、着ているTシャツからはハミンの使う柔軟剤の香りをふわりと感じた。まともに考えられないほどのめまいだった。心臓が激しく鳴った。
どくん。
どくん。
どくん。
私はごくりと唾を飲み込み、口を開いた。なんだか少し声が震えた気もした。
「今は…」
「……」
「好きじゃない」
「……」
「イェジュンを」
ハミンの目がかすかに揺れた。開いた口は、かなり驚いたと告げているみたいだった。
「じゃあ」
ハミンが何か言おうとしたけれど、私は慌てて言葉を遮った。あなたが望む言葉、言ってあげる。だから変なこと考えないで。
「今は」
「……」
「……あなたが気になる」
