黒い毛の獣を家に入れました

第9話 - 毎日来るよ

いつものように遊びに来たハミンの部屋のドアを開けて、私はぴたりと止まった。なんでこんなに散らかってるの。からかってやろうと口を開いたのに、ふいに喉につかえたみたいに言葉がうまく出てこない。部屋中に散らばった物を見ていると、どういうわけか不吉な予感がした。

 

 

「ユ・ハミン、何してるの?」

 

 

床に座っていたハミンが短く答えた。

 

 

「荷造り。」

 

 

よく見ると、ただ散らかっているだけじゃなかった。ハミンは服を一着ずつ丁寧に畳んでいて、散らかっていると思ったものの正体は、二つのキャリーケースと小さな箱たちだった。

荷物って?

 

 

ハミンは畳んでいた服を置いて、顔だけこちらに向けた。その目は、まるでなんで知らないふりをするのかとでも言いたげだった。私はそこで初めて、ハミンがうちに少しのあいだ泊まっているのだと思い出した。学校に慣れて、住む場所が決まるまで。最初からそう決まっていた。

 

 

 

 

「……いつ出ていくの?」

「明日。」

 

 

いつかは出ていくってわかっていたのに、いつの間にかすっかり忘れていたらしい。明日がそのいつかだなんて、気づきもしなかった。明日? 顔が一気にしかめられた。

私はこぶしに力を入れ、思いきりハミンを睨んだ。

 

 

「私、初耳なんだけど。」

「まあ、出てっても毎日会うだろ。」

 

 

何それ。

それでも彼女にはこんなことちゃんと伝えるべきじゃないの? 毎日会うのと一緒に暮らすのとじゃ、本当に天と地ほど違うのに。部屋を蹴り出して、怒ってるって顔でもしてやろうかと思った。だけど、あっさり出ていかれるのも腹立たしかった。

私は部屋に入ってドアを閉め、鍵をかけた。ハミンは背を向けたまままた服を畳んでいて、私がドアに鍵をかけたことにも気づいていない様子だった。

 

 

「あんた、私が姉みたいに見えないわけ?」

「え?」

 

 

私は一歩ずつハミンに近づいた。何を言われたのかわからないという顔でこちらを見るやつの襟首をつかんで引き起こした。ハミンが中途半端に体を起こした瞬間、そのまま頭突きみたいに唇をぶつけた。

 

 

「っ、ちょっと。姉さん、何して……。」

 

 

衝動的に始まった唇への頭突きみたいなキスだった。引きはがそうとする手つきと言い方に、私はさらに頭に血が上った。

キスの最中にしゃべるなっての! 隙を狙って、ハミンの口の中に舌をねじ込んだ。キスはいつもハミンがリードしてくれるから、どうすればいいのかよくわからないけど、胸の中で煮えたぎっていた怒りをぶつけるみたいに、何度も荒く口づけた。

 

腹立つ。私だけ離れたくないってわけ?

 

そんなことを思ったら、急に悲しくなった。ハミンは戸惑ったみたいに、何の反応もしなかった。そっと目を開けると、やっぱり目も閉じずに私を見ていた。ほんとにムカつくやつ!

私はそのままハミンの下唇をがぶりと噛んだ。

 

 

「あっ!」

 

 

ハミンが短く声を上げて、顔を後ろへ引いた。唇は離れたけれど、私はまだ片手でハミンの襟首をつかんだままだった。

 

 

「私だけ……。」

 

 

声が勝手に震えた。ああ、泣きそうだったわけじゃないのに。

 

 

「私だけ離れ……。」

 

 

うつむきかけたその瞬間、私が「私だけ離れたくないってこと?」と聞こうとしたとき、体がふわりと浮いた。

噛まれた唇が痛いのか片手で口元を隠したハミンが、もう片方の腕で私の腰を支えて抱え上げた。そのまま体はベッドの上に放り出された。背中に柔らかいマットレスが触れて、視界がひっくり返った。そして目の前が一気にハミンでいっぱいになった。

 

 

「な、なに。」

 

 

驚いて起き上がろうとしたら、ハミンが私の両脇に腕をついた。さっきまで荷物をまとめていた無表情は消え、私を見下ろす目はゆっくりと熱を帯びていた。一気に近くなった距離に、心臓が激しく跳ねた。

 

 

 

「姉さん。」

「なに。」

「こういうときは、押し返さないと。」

「……。」

「見知らぬ男の部屋に入ってきて、無防備に。」

 

 

ハミンの手が私の腰を撫でた。くすぐったさと一緒に、ぞくりと何かが走った。

それが何を意味するのか、今になってわかった。緊張で全身が固まった。顔に熱が一気に上がる。

 

でも今だけは、絶対に負けたくない。私は少し迷ってから、両腕を上げてハミンの首の後ろに回した。

逆にハミンの目が大きくなった。

 

いつも私を慌てさせるくせに、今度は何も言えない。固い顔で私を見下ろすだけだった。

少しだけ痛快だった。

 

 

「なんで。」

「……。」

「嫌。押し返さないから。」

 

 

首に回した腕に力を入れると、ハミンの体が少しだけ近づいた。今にも何かしそうなそぶりをしていたくせに、いざ私が抱きつくと戸惑ったらしい。耳の先がだんだん赤くなっていくのが見えた。ふん、たいしたことないくせに。

 

ハミンは深くため息をついた。まだ固い肩が、その息でわずかに上下する。しばらくじっとしてから、顔を伏せた。

 

ちゅ。

 

唇が私の額に短く触れて、離れた。

 

 

「なによ。」

「何が。」

「それで終わり?」

 

 

ハミンの口元が少し上がった。

 

 

 

「がっかりしないで。」

「誰ががっかりしたって?」

 

 

わざと腕をほどいて上体を起こそうとしたけれど、ハミンが先に私の腰を抱きこんだ。私の脚が自分の腰に絡むように引き寄せられた。いや、この体勢おかしくない……と思うより先に、そのまま体を起こされた。

 

 

「おい!」

 

 

私は驚いてハミンの首にぎゅっとしがみついた。ハミンは私を抱えたまま、平然と立ち上がった。私は両腕で首にしがみつき、両脚で腰を抱えたまま、ハミンにぶら下がる形になった。

 

完全にセミじゃん!

 

ハミンの手が私の背中をゆっくりとんとんと叩いた。

とん、とん。

とん、とん。

 

 

「おい、私を子ども扱いするな。年下なのはあんただろ!」

「はいはい。」

「何がはいはいなの!」

「行くなってぐずるから、子どもかと思った。」

「私がいつぐずったのよ!」

 

 

私はふんすか怒ったあと、気まずくなってハミンの肩に顔を埋めた。ハミンはそのあいだも、私の背中を軽く叩き続けていた。

こうしてくっついていると、さっきまで息苦しかった気持ちが少しずつ落ち着いていった。しっかりした腕も、慣れた体温もそのままだ。同じ家で暮らさないからって、ハミンがいなくなるわけじゃない。

 

 

「心配しなくていい。」

「……。」

「すぐ一緒に暮らすことになるから。」

 

 

私はハミンの肩から顔を上げた。それ、どういう意味? という顔でハミンを見た。ハミンはかなり楽しそうに私を見下ろしていた。

 

 

「え?」

「私、卒業したらすぐ結婚しちゃおうかな。」

「……。」

「望みどおり、プロポーズしてあげる。」

「勝手に決めてもいいの?」

「嫌?」

「別に。」

 

 

返事が早すぎた。気まずくなって、もう一度ハミンの肩に顔を埋めた。ハミンはふっと笑って、私の頭をなでてくれた。私はハミンの肩に口を埋めたまま、もごもご言った。

 

 

「その代わり、明日出てっても毎日来て。」

「うん。」

「一日でも休んだら、結婚しない。」

 

 

ハミンが小さく笑った。

 

 

「毎日来る。」

 

 

私はハミンの首を、少しだけ強く抱きしめた。どっちがより離れたくないのか、もう聞かなくてもわかる気がした。

 


 

 

FIN

 

短く書こうと思ってたのに、思ったより長くなった気がする……!! 楽しんでくださる方が多くて ㅠㅠ もう少し書こうかとも思ったんですが、私のアイデアはここまででした...O<-<

 

 

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