翌日。
私は彼と並んで、美術室の机の前に座っていた。
机の上には、昨日見つけた一通の封筒。
『再会の日に開けること』
長い年月を経て、ようやく開かれる。
ゆっくり封を切ると、一枚の便箋が現れた。
祖父の字だった。
「親愛なる友へ。
この手紙を読んでいるということは、私たちは約束を果たせなかったのだろう。
それでも悲しまないでほしい。
君と出会えたことは、私の人生で一番の宝物だった。
教室で笑った日も、子どもたちと絵を描いた日も、放課後に夢を語り合った日も、私は一日も忘れたことはない。
もし私がこの場所へ戻れなくても、いつか私たちの大切な誰かが、この学校で再会してくれる気がしている。
その時は、どうか笑って握手をしてほしい。
私たちが果たせなかった約束は、その瞬間に叶うのだから。
ありがとう。
また、この学校で。」
気づけば、涙が便箋を濡らしていた。
隣を見ると、彼も静かに目を伏せている。
「祖父らしいな。」
そう呟いて、少しだけ笑った。
封筒の奥には、もう一枚。
描きかけのスケッチだった。
校庭のガジュマル。
その下で向かい合う二人の教師。
けれど、片隅だけが白いまま残されている。
「完成してない……。」
私が呟くと、彼は机の引き出しから一本の古い鉛筆を取り出した。
「祖父は、ずっとこの続きを描かなかったそうです。」
私は鉛筆を受け取る。
そして、白く残された場所に、一人の少女と、一人の青年を描いた。
ガジュマルの下で、笑い合う二人。

彼も隣に小さく線を重ねる。
それは、祖父たちが描けなかった未来だった。
帰国の日。
空港へ向かうバスの中、台湾の街並みが少しずつ遠ざかっていく。
寂しい。
でも、不思議と「さようなら」とは思えなかった。
搭乗口の前。
彼は少し照れくさそうに、
小さな箱を差し出した。
中には、美術室で使われていた鉛筆が一本。
「祖父が大切にしていたものです。」
「えっ、でも……。」
「祖父なら、君に渡すと思う。」
私は大切に胸へ抱き寄せた。
搭乗案内が流れる。
「……そろそろ行かなきゃ。」
「うん。」
少しだけ沈黙が流れる。
彼は笑って言った。
「また、学校で。」
私は笑顔で頷く。
「うん。また、学校で。」

祖父たちが交わせなかった約束は、
今日、
私たちが受け継いだ。
飛行機が青空へ舞い上がる。
窓の向こうに広がる台湾を見つめながら、
私はそっと呟いた。
「約束だからね。」
