僕たちは一線を越えないことにした(シーズン2)

第111話。ジョンアの影


「最近はどうですか?」





「もう……6か月も経ったんですね……

 眠りから覚めるたびに、最初に浮かぶ考えがあります。

 彼女は今、何をしているんだろう?

 そうしてふと気づくんです。

 もう彼女がどこで何をしているのか

 分からないんだって。

 そしてまた、残酷な現実に戻ってくるんです。」






「薬はちゃんと飲んで、睡眠は取れていますか?」





「ずっと夢を見ているみたいです。

 これが現実なのか夢なのか見分けも

 つかないまま眠って、

 目を覚ますと……少しの間、考えるんです。

 今が現実なのか……夢なのか……」






「日中はどう過ごされていますか?」






「ほとんど家の中にいます。

 音楽を聴いて、本を読んで……映画もたまに見ます。

 ほとんど一人です。

 それで夜になると、たまに車を走らせて

 彼女と一緒に行った場所を訪ねます。」






「無理にする必要はありませんが……

 それでも友達やご家族に

 少し会ってみるのもいいですよ。」






「家族は……まだ準備ができていないみたいです。

 友達は……もともと友達に

 本音をあまり話すほうじゃないので。」






「では、ジョンアさんの話を一緒に分かち合える人を

 探してみるのはどうでしょうか?」






「それで良くなるでしょうか?

 もっと悲しくなりそうで怖いです。」






「一緒に思い出を語って、

 記憶を分かち合いながら少しずつ受け入れていくのも

 いい方法ですよ。」






「はい……先生。

 では、そうしてみます。」






「まだ自分のせいで

 彼女が代わりに死んだと思っていますか?」





「代わりではありませんが……

 僕がいなければ

 彼女があんなふうに死ぬことはなかったはずです。」






「彼女の立場からすれば

 愛する人を救える

 唯一の方法だったのかもしれませんが……

 ほかの選択はできなかったのでしょうか?」


「そしてそれは、フンジさんが経験したように

 もう一つの事故だったんです。

 移植手術をしたからといって

 みんなが死ぬわけではないので。」





「彼女がこんなふうになったのは全部僕のせいみたいで。

 彼女が翌朝に出発しろと言ったとき

 そうしていれば……どうなっていたんだろう。

 そうしたら僕も事故に遭わなかっただろうし、

 彼女も今僕のそばにいたのに……

 家族が彼女を止めていたらどうなっていたんだろう……」





「家族が止めていたら

 ジョンアさんは手術を受けなかったでしょうか?」






「……いいえ……ジョンアさんならそれでもしたでしょう。

 僕を生かしたかったはずだから。」





「彼女は無理やり手術台に上がったのでしょうか?」





「いいえ。

 手紙にも、自分でよかったと、むしろありがたかったって。」






「はい……そうだったでしょう。

 愛する人でしたから。」





カウンセリングを終えて外に出ると

空を見上げた。


彼女も僕と同じ空を見ているだろうか?




知らないうちに彼女のアパートへ向かっていた。

彼女の家の前でしばらく行ったり来たりしてから

呼び鈴を押した。





「どちら様ですか?」






「あの……もしこの家を売るつもりがないかと思って……」





「え? どちら様ですか?」





「この家に前に住んでいた者なんです。」






「少々お待ちください。」





しばらくして、

家の中から誰かが出てきて玄関のドアを開けた。





「私たちが引っ越してくる前に

 この家の持ち主の弟さんが住んでいたと聞いたのですが……

 その前に住んでいましたか?」





「家主の弟ですか?」





「はい……女性の方です。

 私たちも借家で住んでいます。

 前に住んでいた弟さんのお姉さんが、この家の持ち主です。」





「あ……はい、分かりました。」




『ジョンアさんのお姉さんが、弟を生かしたんだ……』





僕は医師の言葉を思い出し、

ジョンアさんのお姉さんに電話をかけたくなった。




もし僕を恨んで、電話を切ってしまったらどうしよう。

そんな怖さもあった。





僕は深呼吸をひとつして

電話番号を探してボタンを押した。





「……フンジさんですか?」





「はい。こんにちは。」


  


「一度連絡して会いたいと思っていました。」





「はい……もし今、お会いできますか?」





「住所を送るので、ここまで来ていただけますか?」





「はい。分かりました。」





ジョンアさんのお姉さんは

ジョンアさんの家で会ったときより、ずっとやつれていた。




「もうだいぶ回復されましたか?」





「はい……」





「罪人みたいにそんな顔しなくていいですよ。

 私も最初は、うちのジョンアがフンジさんのせいで

 死んだみたいで、本当に恨めしかったんですが……

 時が経ってみると……

 うちの妹が自分で選んだ道だから……

 尊重することにしたんです。」





「すみません……」





「フンジさん……」





「はい?」





「でも両親のところには行かないでください。

 両親はまだ私にも会ってくれません。

 私がジョンアを止めずに死なせたと思っているんです……」





「すみません……」





「一方で考えると……うちのジョンアは本当に勇敢です。

 私だったらあんなふうにできたかなって思うくらい……

 あの子、もともと恋に命を懸けるタイプじゃないんです。

 いつもほどよい線を引いて、

 自分もそれ以上は踏み込まず

 相手が踏み込んできてもすごく嫌がる子だったんですよ。」





「会いたいですよね……?」





「会いたいです……

 今でもおかずを持っていかなきゃって思って

 包んでいることがあります。

 会いたくなったらただ……

 そばにいると思って話しかけるんです……」


「フンジさん……罪悪感なんて持たずに……

 もう自分の生活をしてください……

 それがジョンアも望んでいるはずです。

 私が適合性検査に反対したとき、

 ジョンアが私の足をつかんでお願いしたんです。

 妹なんですが……そんな姿は初めてで、

 すごく見慣れなかったんですよ。

 それだけフンジさんを愛していたってことなんでしょうね……」




ジョンアさんのお姉さんは、まだその姿が

ありありと浮かぶように、どこかを見つめた。

そして彼女の目に涙がにじんだ。





「まだ……ジョンアさんに会えないっていうのが……

 信じられないし、信じたくもありません。」






「人は……誰だっていつかは死にますから。

 ジョンアは自分が愛する人のために

 選んだことだから……

 もしかしたら、自分の死をいちばん価値あるものにしたのは

 それだったのかもしれないと思います。

 ただ年を取って死ぬよりは……」




僕はジョンアさんのお姉さんの話を聞いて

胸が詰まった。




彼女と別れる前に、

その家を僕に売ってもらえるか尋ねた。

ジョンアさんと一緒に時間を過ごした、あの場所に

もう一度行きたかった。




しかし彼女は反対した。

ジョンアさんの影から抜け出して

自分の人生を生きることが

ジョンアさんのためだと言った。




彼女を忘れることが、本当に彼女のためなのだろうか。

僕はいつか彼女を忘れられるのだろうか。




でもジョンアさんのお姉さんの言うとおり、

今は彼女が恋しくなるたびに

ジョンアさんがまるで僕のそばにいるみたいに

話しかけてみることにした。




「トーストが食べたいって言ったじゃないですか。」 <112話の中から>

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